第四話『騎士団の前で愛を叫ぶ(ただし心拍数は平常値)』
「……帰りたい」
宿に戻る道すがら、僕は本日53回目の溜息を脳内でついた。 右腕には公爵令嬢ルナリア。左側には警戒心剥き出しのアリア。背後には面白がっているミリス。 僕のパーソナルスペースは壊滅状態だ。
(家に帰って、鍵をかけて、耳栓をして、壁のシミを数える時間が欲しい……)
そんな僕の切実な願い(デトックス)を打ち砕くように、前方から金属音が響いてきた。
ガチャリ、ガチャリ。
現れたのは、全身を銀の甲冑で固めた一団。 胸には公爵家の紋章。見事なまでの「追手」だ。
「発見したぞ! ルナリア様だ!!」
騎士たちの隊長らしき男が剣を抜き、僕たちを取り囲む。 市民たちが悲鳴を上げて逃げ出し、一瞬で通りは緊張感に包まれた。
「そこの男! ルナリア様から離れろ! 貴様のような薄汚い冒険者が触れていいお方ではない!」
隊長の怒声。 面倒だ。非常に面倒だ。 ここで選択肢が表示されるなら、僕は迷わず『逃げる』か『土下座して差し出す』を選びたい。
だが、ルナリアが僕の腕を締め上げる力が強まった。 彼女の魔力が不安定に揺らいでいる。
(……警告。ここで彼女を引き渡せば、彼女は錯乱して広範囲殲滅魔法をぶっ放す可能性がある。市街地でそれをやられれば、僕も巻き込まれて死ぬか、賠償金で破産だ)
結論。 **「穏便に帰ってもらう」**しかない。 そのためには、彼らが「力ずくでは奪えない」と悟るほどの威圧感と、ルナリアを鎮めるための甘い言葉が必要だ。
僕は深く息を吸い、感情スイッチを『悲劇のヒーロー』モードに切り替えた。
「……剣を収めたまえ、騎士殿」
僕は静かに、しかしよく通る声で告げる。
「貴様、何様のつもりだ!?」
「彼女は今、僕の『命』だ。……命を奪おうとするなら、僕にも考えがある」
僕は騎士たちを見据え、指先一つだけ動かして、上空に展開していた『重力制御』の術式をほんの少し解放した。
ズンッ……!!
大気を圧迫する重低音。 騎士たちの足元の石畳が、音もなく蜘蛛の巣状にひび割れる。 実際にはただの物理現象だが、演出としては「底知れない魔力の奔流」に見えるはずだ。
「なっ……!? なんだ、このプレッシャーは……!」 「こいつ、ただの冒険者じゃないぞ……!?」
騎士たちがたじろぐ。 よし、威嚇効果は十分だ。あとは仕上げのセリフで撤退させる。
僕はルナリアの肩を抱き寄せ、騎士隊長に向かって、最高に芝居がかった台詞を吐いた。
「彼女は籠の中の鳥じゃない。……僕が、彼女の翼になる。公爵閣下にはそう伝えてくれ。『彼女の笑顔一つ守れないなら、騎士の名折れだ』とね」
(翻訳:法的親権はともかく、現在は冒険者ギルドの管轄内だ。無理に連れ戻せば国際問題にするぞ。書類仕事が増えるのが嫌なら帰れ)
僕の翻訳は1ミリも伝わらない。 その代わり、現場の空気は劇的に変わった。
「……翼、か」
騎士隊長が剣を下げ、悔しそうに、しかしどこか晴れやかな顔で僕を見た。
「敵ながら天晴れだ。一介の冒険者が、公爵家を敵に回してでも愛を貫くと言うのか……」
誤解だ。僕はただの損害賠償回避行動だ。
「フッ……いいだろう。今日のところは退く。だが忘れるな、その覚悟、偽りならば即座に首を刎ねるぞ!」
騎士たちは「いいもの見たな」みたいな顔をして、整列して去っていった。 なんでだよ。もっと粘れよ公権力。
「……レン様……♡」
そして、最大の被害がここに残った。 ルナリアが、トロトロに溶けた瞳で僕を見上げている。
「公爵家を敵に回してまで……私を……? 私の、翼に……?」
「(いや、あれは比喩表現で……)」
「もう離さない。絶対に離さないわ。……ねえレン様、私の『巣作り』、手伝ってくれるわよね?」
背筋に悪寒が走る。 『巣作り』という単語の響きが、生物学的な意味なのか、監禁的な意味なのか判別できない。
「ふ、ふふ……(引きつる笑顔)。さあ、みんな、宿に戻ろうか。疲れただろう?」
僕はアリアとミリスの刺すような視線と、ルナリアの重すぎる愛を受け止めながら、よろめくように歩き出した。
『本日の成果』 ・公爵家との敵対フラグ:成立 ・ルナリアの依存度:測定不能(限界突破) ・僕の精神的疲労:SSランク
(……誰か、僕を独房に入れてくれ。そこならきっと、静かだから)
僕の心の叫びは、夕焼けの空に虚しく吸い込まれていった。




