第三話『死地へのピクニック、あるいは勘違いの連鎖爆撃』
「……で、どうしてこうなったんだ」
北の湿地帯。 鬱蒼と茂るマングローブの根元を歩きながら、僕は心の中で深く、深く溜息をついた。
予定では、いつもの三人でバジリスクを狩り、サクッと素材を回収して、夕方には宿で一人読書をしているはずだった。 なのに。
「ねえ、レン様。足元がぬかるんでいて歩きにくいわ。……手を、貸してくださる?」
僕の右腕に絡みついているのは、朝方拾ってしまった(事故った)黒ローブの女、ルナリアだ。 フードを少しずらし、紫色の瞳でねっとりと僕を見上げてくる。
「ああ、もちろんさ。君のような美しい花を、泥で汚すわけにはいかないからね」
僕は反射的に、0.1秒の遅延もなく甘いセリフを吐き出し、彼女の腰に手を回して支える。 (内心:早く離れたい。このローブの素材、チクチクして不快指数が高い。それに歩行速度が15%低下している。邪魔だ)
「レンさんっ!! 私だって歩きにくいですっ! こっちの水たまり、すっごく深いんですから!」
「リーダー! 私も! 私も足くじいたかもー!」
反対側からアリアとミリスがギャーギャーと騒ぎ立てる。 嫉妬だ。明らかに元気なのに、構ってほしさが爆発している。
面倒くさい。 全員まとめて『浮遊』で浮かせて運びたいが、魔力効率が悪すぎる。
「やれやれ……僕の腕が二本しかないのが悔やまれるよ。全員をお姫様抱っこしてあげたいのに」
僕は困ったように肩をすくめる。 これで「全員平等に大切」アピールをしつつ、物理的な接触を回避する作戦だ。
「まあ……レン様ったら、欲張りさん」 ルナリアが頬を染める。 「むぅ……レンさんのバカ」 アリアが頬を膨らませる。
とりあえず爆発は免れた。綱渡りのような人間関係管理だ。
◇
「出たぞ!! バジリスクだ!!」
先頭を歩いていたガインが叫び、大剣を構える。 湿地の奥から、巨大なトカゲが三体、這い出してきた。その瞳を見た者は石になるという、厄介な魔物だ。
「作戦通りだ、ガイン! 正面はお前に任せる!」
僕は瞬時に思考を戦闘モード(通常業務)に切り替える。 ガインに『鏡面研磨』をかけてあるから、石化光線は反射できる。あとは僕が後方から支援魔法で動きを封じれば、安全かつ低コストで処理可能だ。
「任せとけぇええ!!」
ガインが突っ込む。ここまでは完璧だ。 しかし。
「――邪魔よ、爬虫類風情が」
僕の隣で、ルナリアが冷徹な声を上げた。 彼女の周囲に、どす黒い闇の魔力が渦巻く。
「え?」
「レン様との逢瀬を邪魔する罪……万死に値するわ。『深淵の棘』!!」
ドォォォォン!!
地面から漆黒の棘が数本突き出し、バジリスクの一体を串刺しにした。 威力が高い。高すぎる。 だが、問題はそこじゃない。
「グギャァアアア!!」
残りの二体が、脅威度の高いルナリアにターゲットを変更した。 彼女は魔法の威力は凄まじいが、発動後の硬直が長いタイプだ。無防備な彼女に向かって、バジリスクが毒液を吐き出そうとしている。
(……チッ。計算外だ。この距離で毒液を食らえば、彼女は即死か重傷。治療費がかさむし、死なれたらギルドの聴取が面倒くさい!)
僕は舌打ちを噛み殺し、反射的に動いた。
「危ないっ!!」
僕はルナリアの腰を引き寄せ、無理やりその場から転がって回避させる。 同時に、空いた片手で障壁魔法を展開。
ジュワァァァッ!
毒液が魔法障壁に当たり、嫌な音を立てて蒸発する。 間一髪だった。僕の計算リソースの8割を消費した緊急回避だ。
「くっ……無茶をするな!」
僕は思わず強い口調で言った。 (翻訳:勝手な行動で隊列を乱すな。死にたくなければ後ろにいろ)
泥まみれになった僕の腕の中で、ルナリアが目を丸くしている。 そして、ゆっくりと、その顔が真っ赤に染まっていった。
「……レン、様……」
「怪我はないかい? ……君に傷がついたら、世界中の宝石が色あせてしまうからね」
僕は「強い口調」を誤魔化すために、慌てていつものキザなセリフを追加した。 これはリカバリーだ。怒ったわけじゃないですよ、というフォローだ。
だが、ルナリアの瞳には、異様な光が宿っていた。
「私を……守ってくれたの? 自分の身を挺して……?」
「(いや、障壁張ったから無傷だけど)」
「怒鳴ってくれた……本気で、私のことを心配して……」
彼女は震える手で、僕の胸板に触れる。
「ああんっ、素敵……! 甘いマスクの裏にある、その激情! 私、もうダメ……!」
彼女の好感度メーター(見えないが確実に存在する)が、限界突破する音が聞こえた気がした。
「さあ、ガイン! 今だ!」
僕は彼女の熱視線から逃げるように、ガインに指示を飛ばす。 ガインが大剣で残りのバジリスクを一掃するまでの間、僕はルナリアに抱きつかれ続け、背後からアリアとミリスの「殺す、絶対殺す」という怨念めいた視線を浴び続けた。
◇
戦闘後。
「すごかったわ、レン様。あの判断力、あの強さ……」 ルナリアは僕の腕から離れようとしない。強力な接着剤でもついているのか。
「ねえ、レン様。私、決めたわ」
彼女は妖艶に微笑み、爆弾発言を投下した。
「私、家出してきたの。とある公爵家の娘なんだけど……もう帰らない。これからは、あなたのパーティに住み着くことにするわ」
「……は?」
公爵家? 今、さらっと一番関わりたくない権力者の名前が出なかったか?
「追っ手が来るかもしれないけど、レン様なら撃退してくれるわよね? だって、私の『運命の人』なんだもの」
ウィンク一つ。 アリアが杖をへし折り、ミリスが短剣を研ぎ始めた音が聞こえる。
僕は遠い目をして、湿地帯の曇り空を見上げた。
誰か教えてくれ。 ただ静かに暮らしたいだけの僕が、どうして「公爵令嬢の駆け落ち相手(仮)」なんていう、ギロチン台直行コースに立たされているんだ?
「……ああ、もちろんさ(白目)。君の全ては、僕が受け止めるよ」
口から勝手に出る甘いセリフを、僕は自分の手で縫い合わせたくなった。




