第二十八話『建国記念会議、あるいは暗黒帝国の国旗制定』
「……さて、第一回アッシュトン自治領・閣議を始めます」
ジムニーが死んだような目で宣言した。 場所は執務室。 円卓には、領主レン(寝起き)と、五人の幹部が座っている。
「議題は、我が国の『象徴』についてです。独立した以上、独自の『国旗』と『通貨』が必要です」
ジムニーが黒板に書く。 確かに、これまでは王国の旗を掲げていたが、今はフリーだ。
「レン様! 私に案があります!」 ルナリアが勢いよく手を挙げた。
「我が国の旗……それは当然、『レン様の横顔(尊い)』を金糸で刺繍したものですわ! これを全家庭の玄関に掲げさせるのです!」
「却下だ。恥ずかしい」 レンが即答する。自分の顔が街中に溢れるなんて、公開処刑だ。
「ならば、これだ!」 ヴェルミリアが羊皮紙を叩きつける。 そこには、『力こぶ(上腕二頭筋)』の絵が墨で描かれていた。 「我が国の強さをアピールするには、筋肉こそが至高! 国名も『マッスル・アッシュトン』に変えよう!」
「却下だ。暑苦しい」
「師匠の『無』を表現するなら、『白紙』で良いのでは?」 ノブツナが提案する。 「それはただの降伏旗だろ」とジムニーがツッコむ。
「……あー、もう面倒くさい」
レンは欠伸を噛み殺しながら、窓の外を見た。 日差しが眩しい。安眠の妨げだ。
「……黒でいいよ、黒で」
「え?」
「真っ黒な布。光を遮断する遮光カーテンみたいな色だ。……あれなら部屋が暗くなってよく眠れる」
レンの適当な発言。 だが、信者たちの脳内変換は今日も絶好調だった。
「……黒、ですか」 ルナリアが息を飲む。 「全ての色を飲み込む、原初の色……。王国の干渉も、勇者の光も、全てを無に帰す『絶対的な支配』の象徴……!」
「なるほど! 敵の血すら目立たぬ、戦場の色か! カッコいいぞレン!」 「深淵……師匠に相応しい、底知れぬ闇でござるな」
「え、ちょっと待ってください」 ジムニーが震え声で止める。 「国旗が『真っ黒』って……それ、対外的には『魔王軍』か『暗黒帝国』にしか見えませんよ!? 周辺諸国がビビって国交断絶しますよ!?」
「いいじゃないか。誰も寄り付かなくなれば、静かになる」
レンがボソッと言った。 これが決定打となった。
「さすがレン様! 『鎖国』による独自文化の形成まで見据えておられるとは!」 「よし、採用だ! 今日から我らは『黒の軍団』だ!」
ジムニーが頭を抱える横で、新しい国旗(ただの黒い布)が制定された。
◇
「次は『通貨』です……」
ジムニーは胃薬を飲みながら進行する。 「独自通貨を発行する必要があります。デザインはどうしますか?」
「レン、これは私に任せて!」 ミリスが目を輝かせる。 「やっぱり、コインには支配者の肖像を入れるのがセオリーよ。でも、レンは自分の顔を入れるのを嫌がるでしょ?」
「ああ。絶対に嫌だ」
「だから、こうするの」
ミリスが出したのは、試作品の銀貨。 そこには、レンの顔ではなく――**「アイマスク」**のマークが刻印されていた。
「これなら顔じゃないし、レンのトレードマークでもあるわ!」
「……ふむ」 レンは顎に手を当てた。 アイマスク。それは安眠の象徴。平和のシンボル。 自分の顔が印刷されるよりは、1億倍マシだ。
「……悪くない。採用」
「やった! 通貨単位は『レン』ね! 1レン=パン一個!」
こうして、アッシュトン領の通貨は、 表面:黒塗りの塔 裏面:アイマスク という、謎のデザインに決定した。
◇
数ヶ月後。
近隣諸国の酒場にて。
「おい聞いたか? 北の『アッシュトン独立国』の噂……」 「ああ……。『漆黒の旗』を掲げ、謎の『目隠し教団』が支配する、闇の帝国だってな……」 「支配者のレン・アシュトンは、顔も見せずに国を操る影の王らしいぞ……」 「関わったら消されるぞ……」
風評被害が加速していた。
◇
執務室にて。
「……レン殿。観光客は増えましたが、同時に『魔王崇拝者』や『闇ギルド』の就職希望者が殺到しています」
ジムニーが、ドクロの刺青を入れた履歴書の山を見て遠い目をしている。
「……なんでだ? 僕はただ、遮光カーテンとアイマスクを推奨しただけなのに」
レンは不思議そうに首を傾げ、黒い旗(遮光性抜群)で作ったカーテンを閉め切って、昼寝に入った。 彼の安息の地は、着実に「魔境」としてのブランドを確立しつつあった。




