第二十五話『灼熱の執務室と、意図せざる温泉郷の誕生』
翌日。 アッシュトン領の執務室は、サウナ状態になっていた。
「あ、暑い……! 暑すぎますレン殿……!」
ジムニーがシャツのボタンを全開にし、団扇を両手で仰ぎながら、机に突っ伏している。 室温は40度を超えていた。
原因は明白。 昨日設置した、新型給湯システム『古龍の心臓』だ。 帝王種の心臓は出力が高すぎた。地下の配管を通るお湯が、常に沸騰状態を超え、配管自体が赤熱して熱を放射しているのだ。
「……そうか? 僕は快適だけど」
レンは涼しい顔で書類(漫画)を読んでいる。 彼だけ、自分自身の周囲に『絶対零度結界』の極薄い膜を展開し、常に気温24度の快適空間を維持していた。
「自分だけズルいですよ! このままでは私が干物になります! 熱を……どこかに逃がさないと!」
ジムニーの悲痛な叫び。 レンは面倒くさそうに本を置いた。
「……チッ。調整が面倒だな。じゃあ、余剰分の熱湯は外に捨てるか」
レンは窓から外を見た。 塔の裏手に、まだ手付かずの荒地(岩場)がある。あそこなら誰もいないし、熱湯を捨てても問題ないだろう。
「……『土木工事』」
レンが指を動かす。 ズズズズン……! 塔の裏の岩場が、まるで粘土細工のように変形していく。 巨大な岩がくり抜かれ、直径50メートルほどの広大な「窪み」が出来上がった。 さらに、塔の地下からその窪みまで、石のパイプを一瞬で繋げた。
「……よし、排水開始」
レンがバルブを捻る(魔法で)。
ドッバァァァァァン!!!
パイプの先から、真っ白な湯気を上げる熱湯が、滝のように窪みへと注がれた。 それはただの熱湯ではない。 ドラゴンハートの濃厚な魔力が溶け込んだ、超高濃度の「魔力水」だ。
湯気が晴れると、そこには――。
乳白色に輝く、巨大な**「大露天風呂」**が完成していた。 岩肌が熱湯で削られ、自然な浴槽の形になり、溢れた湯が川となって流れていく。周囲の植物は、魔力の影響で一瞬にして色鮮やかな南国風の花を咲かせた。
「……なんてことだ」
ジムニーが窓から身を乗り出して絶句した。 ただの「排水捨て場」が、大陸でも指折りの絶景温泉地(秘湯)に変わってしまった。
「……ふむ。温度も下がったし、これでいいだろう」
レンは満足して、再び漫画を読み始めた。 彼にとっては「エアコンの室外機」を設置した程度の感覚だ。
しかし、その「排熱」の効果は劇的だった。
◇
数時間後。 噂を聞きつけたヒロインたちが、裏庭に集結していた。
「まあ! なんて素晴らしい温泉ですの!?」 ルナリアが目を輝かせる。 「このお湯から感じる魔力……浸かるだけで美容効果が凄まじそうですわ!」
「うおおお! 広い! ここなら泳げるぞ!」 ヴェルミリアが服を脱ぎ捨てようとする。 「筋肉の疲労回復に最高じゃないか! レン、気が利くぅ!」
「(……ふふっ、さすが私のレン。私が持ってきた素材を、こんな素敵な施設に変えてくれるなんて……♡)」 ミリスは心の中でガッツポーズをした。これは実質、レンとの共同作業だ。
「……師匠。これは『禊』の場……。滝行ができる場所まで用意されているとは、感服つかまつった」 ノブツナが岩場の滝を見て拝んでいる。
「不浄な気配が一切ありません……。これは聖なる泉……いえ、『レン様の聖水』ですわね!」 アリアが危ない発言をしながら湯を瓶に詰めている。
◇
夕方。 執務室のジムニーのもとに、新たな報告書が届いた。
『報告:塔の裏に発生した温泉について』 『効能:切り傷、火傷、筋肉痛の即時回復。美肌効果。魔力回路の活性化』 『住民の反応:「レン様が我々のために疲れを癒す『神の湯』を湧かせてくださった! 万歳!」』
「……はぁ」
ジムニーは深い溜息をついた。 まただ。また、この男の「適当」が「奇跡」になってしまった。 明日からは、この「神の湯」を目当てに、世界中から観光客と湯治客が押し寄せるだろう。
「……ジムニー君、胃薬が切れた。追加発注しておいて」 「……はい、ボス。今度は業務用サイズを買っておきます」
アッシュトン領は、今日も平和に(?)発展していくのだった。




