第二十四話『盗賊の早業と、伝説級アーティファクトの不当な扱い』
「……頭が痛い」
執務室で、ジムニーが書類を抱えて呻いていた。 先ほどの「ドラゴン瞬殺事件」。 街は守られたが、大きな問題が残った。
「レン殿……。アリア様たちが張り切りすぎて、ドラゴンの素材が『消滅』してしまいました。あれほどの個体なら、鱗一枚で城が建つほどの価値があったのに……全損です」
アリアの聖魔法とルナリアの重力魔法が合わさり、ドラゴンは文字通り塵一つ残さず消え去っていた。 被害ゼロだが、利益もゼロ。 復興予算や、破壊された地形の修復費を考えると、赤字だ。
「……まあ、静寂が守られたなら、必要経費だ」
レンは特に気にせず、ソファで二度寝の体勢に入ろうとしていた。 金には執着がない。あればあるだけトラブル(人付き合い)が増えるからだ。
「ちっちっち。甘いわね、ジムニーちゃん。それにレンも」
そこで、人差し指を振りながらミリスが入ってきた。 彼女はドヤ顔で、膨らんだ鞄をドンとテーブルに置いた。
「あの筋肉王女や聖女様は『倒すこと』しか頭にないけど……私は違うわ。私の職業を忘れてない?」
ミリスが鞄を開ける。 ゴロン、と転がり出てきたのは、バスケットボール大の、脈打つ紅蓮の宝石だった。
「……!」
ジムニーが眼鏡を落とした。 部屋の気温が一気に上昇する。 それは、まるで生きているかのようにドクンドクンと鼓動し、無限の魔力を放っていた。
「こ、これは……『古龍の心臓』!? いや、それも最上位の『帝王種』の核……!?」
ジムニーの声が裏返る。 国家予算どころではない。これ一つで小国なら買えるし、使い方によっては大陸を焦土に変えるエネルギー源だ。
「えっ、いつの間に?」
レンが瞬きする。 さっき、ドラゴンは数秒で消し飛んだはずだ。
「アリアが光を撃つ直前よ。……ノブツナが関節を斬った一瞬の隙に、影に潜って『シュッ』と頂いてきたの。危うく私もアリアの光で蒸発するところだったけどね!」
ミリスは「褒めて褒めて」と尻尾を振る犬のように、レンに顔を近づける。
「すごくない? あの爆心地から、これだけを抜き取る神業! 私じゃなきゃできないわ!」
確かにすごい。 火事場泥棒スキルがカンストしている。 これなら「何もしてない」どころか、今回の一番の功労者(金銭面)だ。
「……で、どうするのこれ? 売れば一生遊んで暮らせるわよ?」
ミリスが目を輝かせる。
しかし、レンの反応は違った。 彼はドラゴンハートを手に取り、その「熱量」と「無限のエネルギー」を確認すると、ポツリと言った。
「……熱いな」
「ええ、すごいエネルギーでしょう?」
「うん。……ちょうど良かった」
レンは指を鳴らし、魔法で鉄の箱(ケトルっぽい形状)を作り出した。 そして、その中に国宝級のドラゴンハートを放り込み、部屋の隅にある給水パイプと接続した。
「……塔のシャワー、お湯が出るまで時間がかかって不便だったんだ。これがあれば、瞬間湯沸かし器として半永久的に使える」
「……は?」
ミリスとジムニーが同時に固まった。
「あと、余った熱は床下に回そう。冬場の床暖房もこれで解決だ。燃料費ゼロ。エコだね」
「待ってレン!? それ『古龍の心臓』よ!? 魔法文明の至宝よ!? それを……湯沸かしポットの燃料にするの!?」
ミリスが悲鳴を上げる。 自分の命がけの戦利品が、ただの家電パーツにされたのだ。
「機能的だろ? 売ったら『どこで手に入れた』とか『税金が』とか、面倒な話になる。生活の質を上げるために使うのが一番賢い」
レンは満足げに頷き、さっそく蛇口を捻った。 ボシュゥゥゥ!! 熱々の適温のお湯が出る。
「うん、いい湯加減だ。……お手柄だったね、ミリス。君のおかげで、僕のバスタイムが充実するよ」
レンがミリスの頭をポンと撫でた。
「え……あ、うん……」
ミリスは顔を真っ赤にして、へにゃりと力が抜けた。 国宝の価値は無視されたが、「レンの役に立った(風呂事情で)」ことと「頭を撫でられた」ことで、彼女の計算機はショートしたらしい。
「……へへ、まあいっか。レンが気持ちよくお風呂に入れるなら……それが一番の報酬だし……♡」
「(……チョロい)」
ジムニーは頭を抱えた。 伝説の『ドラゴン・ハート』が、給湯器の中に収まっている。 この塔の設備、解析されたら世界中の魔術師が卒倒するぞ。
『本日の収支報告:』 『収入:古龍の心臓』 『用途:給湯室の熱源』 『備考:盗賊ミリスの評価を「有能な泥棒」から「有能な家電調達係」に変更』
こうして、アッシュトン領の黒曜石の塔は、また一つ「無駄にオーバースペックな機能」を手に入れたのだった。




