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『道化師の仮面は、硝子(ガラス)でできている』  作者: 沼口ちるの


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第二十一話『知識の探求者の来訪、あるいは唯一の常識人が見た狂気の動物園』

ジムニー・ワイズマン(30歳)は震えていた。 彼は王立アカデミーの終身教授の地位を捨て、この辺境の地「アッシュトン」へやってきた。 目的は一つ。 突如として現れ、世界経済と魔法技術を根底から覆しつつある謎の領主、レン・アシュトンの研究だ。


「……噂では、彼は千の魔法を操る大賢者とも、慈愛の化身とも言われている」


ジムニーは眼鏡の位置を直し、黒曜石の塔を見上げた。 街は信じられないほど発展している。自動販売ゴーレム、整備された道路、そして何より、住民たちの異常なまでの幸福度。 これは間違いなく、高度な統治理論と魔法技術の結晶だ。


「一体、どんな崇高な人物なのか……。いざ、面会へ!」


彼は期待に胸を膨らませ、塔の扉(例の結界付き)をノックしようとした。


「あ、そこ通れないよ。新入り?」


声をかけてきたのは、庭で素振りをしていた筋肉の塊――ヴェルミリア王女だった。


「ひっ!? ガ、ガレリアの『戦姫』殿!? なぜこんな所に!?」


「レンの護衛(自称)だ。……その扉は『絶対拒絶の結界』が張られている。入るには、物理で粉砕するか、次元ごと切り裂く必要があるぞ」


「……は?」


ジムニーは耳を疑った。 来客用の玄関に、なぜ戦略級の防衛魔法が?


「あ、でも今日は機嫌がいいから、裏口が開いてるかも。……おいノブツナ! 師匠は起きてるか!?」


「今、二度寝の瞑想(修行)に入られたところでござる!」 庭の植え込みから、ノブツナが顔を出した。


「……瞑想?」 「左様。師匠は夢の中で宇宙の心理と対話されている(ただ寝てるだけ)。起こせば命はない」


ジムニーの脳内で、警鐘が鳴り響いた。 何かがおかしい。 王女が庭で筋トレし、侍が植木番をしている。そして領主は昼まで寝ている?


   ◇


なんやかんやで、ジムニーは塔の内部への潜入(正規の手続き)に成功した。 案内されたのは、最上階の執務室。 そこに、伝説の領主レン・アシュトンがいた。


彼は、椅子に深く沈み込み、虚ろな目で宙を浮く本を眺めていた。


「……ページをめくるのが面倒だ」


レンが指先を動かすと、風魔法が発動し、本のページがパラリとめくられた。 それだけではない。 カップが宙を浮いて彼の口元まで移動し、一口飲ませてから、また元の位置に戻った。


「……」


ジムニーは、その光景を見て絶句した。 『念動力テレキネシス』と『精密操作コントロール』の並列起動。 しかも、その対象が「コーヒーを飲む」と「本を読む」という、幼児でもできる動作のためだけに使われている。


「……あの、失礼ですが」


ジムニーは耐えきれず、口を開いた。


「魔力の無駄遣いでは?」


レンがゆっくりとこちらを向いた。 その目は、深淵のように光がなかった(ただ眠いだけ)。


「……無駄? 違うな。これは『エネルギー保存の法則』の実践だ。僕が腕を動かすカロリーよりも、大気中のマナを消費する方が、僕個人の肉体的疲労は少ない。合理的だ」


「……はぁ!?」


ジムニーは叫んだ。 「魔法を使う精神疲労の方が大きいはずです! そのレベルの並列演算を維持するカロリーで、腕立て伏せが1万回はできますよ!?」


「精神疲労? 感じないな。息をするのと同じだ」


レンは無表情で答えた。 ジムニーの背筋が凍った。 この男、魔法の発動を「呼吸」レベルで無意識化しているのか? 天才とかそういう次元ではない。「怠けるために進化の過程を間違えた生物」だ。


その時、ドアが勢いよく開いた。


「レン様~! 新しい商会の設立許可を……あ、お客様ですか?」 ルナリアが入ってきた。公爵令嬢のオーラが眩しい。


「おお、ルナリア様! 私は元アカデミーのジムニーと申します。実はレン殿の魔法理論について議論を……」


「議論? 無駄ですわ」 ルナリアは冷たく言い放った。 「レン様の御心は、常人の理解を超えています。貴方がすべきは『理解』ではなく『崇拝』です」


「……え?」


「見てください、あの怠惰に見える姿勢。あれは『動かざること山の如し』……領主としてドッシリと構えることで、民に安心感を与えているのです!」


「いや、どう見てもダメ人間……」


「成敗ッ!!」


カッ! 横からノブツナが抜刀し、ジムニーの眼鏡のつるを切り飛ばした。


「ひぃっ!?」


「師匠への侮辱は許さん。……師匠は今、世界中のマナの流れを監視するために、あえて肉体の活動を停止させているのでござる!」


「そ、そうですか!?(絶対違うだろ!)」


さらにヴェルミリアが窓から飛び込んできた。 「レン! 背中が痒いなら、私が剣で掻いてやろうか!?」 「やめろ、死ぬ」


カオス。 完全なるカオスだ。 ジムニーは理解した。ここは学問の府ではない。猛獣たちの動物園だ。 そして、その中心にいる飼育員レンは、飼育放棄している。


「……帰ろう」


ジムニーは踵を返した。 こんな場所にいたら、胃に穴が空く。アカデミーに戻って、カビの生えた古文書を解読している方がマシだ。


だが、レンが口を開いた。


「……待て」


「は、はい!?(殺される!?)」


レンは面倒くさそうに、羊皮紙を一枚、魔法でジムニーの前に飛ばした。


「君、学者だろ? ……これ、領地の『書類整理』と『予算管理』。全部任せる」


「……は?」


「僕は忙しい(寝たいから)。君のような『常識的』で『細かいことによく気がつく』人材を探していた。……月給はアカデミーの3倍出す。福利厚生完備。どうだ」


ジムニーの足が止まった。 3倍。 アカデミーでは薄給でこき使われ、教授たちのご機嫌取りばかりだった。 それが、ここでは「書類を整理する(常識的な仕事)」だけで、3倍?


「……本当ですか?」


「嘘は言わない。……頼む。このままだと、この国は筋肉と勘違いで滅びる」


レンの目に、初めて「切実な光」が宿っていた。 それは、同じ「ツッコミ役」を求める、孤独な魂の叫びだった。


ジムニーはゴクリと唾を飲んだ。 目の前の男は異常だ。周りの女たちも狂っている。 だが……この「異常な環境」を整理整頓し、論理的な秩序をもたらすことは、学者としての最大の挑戦ではないか?


ジムニーは眼鏡(壊れたけど)を押し上げた。


「……契約成立です。ただし、私の胃薬代は経費で落とさせていただきます」


「許可する。いくらでも飲め」


こうして、アッシュトン領に、初めての「まともな文官」が誕生した。 彼の仕事は、膨大な書類の処理と、ヒロインたちの暴走に対する「的確なツッコミ(効果なし)」の連発となるのだった。

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