第二十話『有能なる盗賊の奇行と、聖女による焦土作戦』
「……素材が足りない」
僕は備蓄リストを見て溜息をついた。 防音結界の維持に必要な『静寂石』と、自動掃除ゴーレムの動力源である『魔水晶』が底をつきかけている。 これがないと、僕の快適な引きこもりライフに支障が出る。
「取りに行くか」
ただ、一人で行くのは面倒だ。 荷物持ちと、道中の露払いが必要だ。 誰を連れて行くか。
筋肉はうるさいし地形を変えるから論外。 侍はいちいち「今の歩き方は……!」と解説してくるから疲れる。 令嬢は重い。物理的にも精神的にも。
消去法で、この二人になった。
「レン、任せて! 私の鼻は『お宝』と『レンの匂い』だけは逃さないんだから!」 「レン様……♡ レン様との冒険……これは実質的なハネムーン……いえ、聖地巡礼ですわね!」
盗賊ミリスと、聖女アリアだ。 まあ、ミリスは探索に役立つし、アリアは回復ができる。 比較的「機能的」なパーティだと言えるだろう。
◇
地下ダンジョン。湿った空気が漂う。
「あ、罠があるわ」
ミリスが立ち止まり、通路の先を指差す。 床に微かな違和感。踏めば矢が飛んでくる古典的なトラップだ。
「解除する。下がってて」
ミリスが道具を取り出し、手際よく作業を始める。 その指先の動きは芸術的だ。 カチャ、コト、パチン。 わずか数秒で、複雑な機構を無力化してしまった。
(……やはり有能だ。この技術だけは評価できる)
僕が感心していると、ミリスが振り返り、頬を染めて言った。
「ねえレン、解除できたけど……あえて掛かってみるのもアリだと思わない?」
「は?」
「だって、矢が飛んでくるのよ? 服が破けたり、ピンチになってレンに庇われたり……そういう『ハプニング』こそ、ダンジョンの醍醐味じゃない?」
彼女はうっとりと罠のスイッチを見つめている。
「……却下だ。進むぞ」 「ちぇー。レンのいけず」
ミリスは不満そうにしながらも、先導を続ける。 有能なのに、思考回路がバグっているのが惜しすぎる。
その時、前方から魔物の群れが現れた。 スケルトンの軍団だ。数はおよそ30。
「キシャアアアア!!」
「……邪魔だな」
僕が指を動かそうとした瞬間、横から白い光が走った。
「汚らわしい……!!」
アリアだ。 彼女は慈愛に満ちた(はずの)笑顔を浮かべたまま、錫杖を掲げていた。
「よくもレン様の進行方向を……その薄汚い骨で遮りましたね? レン様の視界に、貴方たちのような不浄な存在が入ること自体が、万死に値する冒涜です」
彼女の背後に、太陽のような巨大な光球が出現する。 聖魔法『浄化の光』。 ただし、出力がおかしい。対軍用、いや、対城塞用の規模だ。
「塵に還りなさい。……『神聖なる焼却』!!」
カッ!!!!
閃光が走る。 地下通路が真昼のように照らされ、スケルトンたちは悲鳴を上げる暇もなく蒸発した。 それだけではない。 余波で壁が溶け、床がガラス化し、ダンジョンの構造そのものが変わってしまった。
「……あ」
アリアが口元を押さえる。
「いけませんわ……怒りのあまり、少し出力を間違えました。でも、これでレン様の歩く道は『清め』られましたわ♡」
ダンジョンの一角が、綺麗な更地(ガラス張り)になっている。 これでは素材(静寂石)ごと消滅しているじゃないか。
「……アリア。君は回復以外、魔法を使うな」 「はい! レン様の命令なら、呼吸すら止めます!」 「呼吸はしていい」
◇
最深部。 ようやく目的の『静寂石』を見つけた。 だが、そこにはボスである巨大な『アラクネ(蜘蛛女)』が巣を張っていた。
「あら、いい男の子……。私の巣で飼ってあげるわ」
アラクネが粘着性の糸を吐き出してくる。
「っ!」
僕が迎撃するより早く、ミリスが飛び出した。
「レンには指一本触れさせない……! レンを縛っていいのは、私(とレンの罠)だけよ!!」
ミリスは短剣で糸を切り裂く――かと思いきや、自ら糸に絡まりに行った。
「あんっ♡ ……こ、このネバネバ……意外と……!」
「……何をしている」
「ち、違うのレン! 敵の拘束能力を……身を持って分析してるの! うっ、締め付けがキツい……! 助けてレン、私を優しく解放してぇ!」
わざとだ。 完全に趣味で捕まっている。
アラクネが呆気に取られている隙に、アリアが一歩前に出た。
「……レン様を『飼う』ですって?」
ゴゴゴゴゴ……。 アリアの周囲の空間が震えている。
「レン様は誰のものでもありません。世界の主であり、私たちの光……。それを、たかが虫如きが……所有物扱いするなんて……」
アリアの目が、完全に据わっていた。 ハイライトがない。深淵のような暗黒が、聖なる光の中に混じっている。
「その穢れた口、二度と開けないようにしてあげます。……『聖なる杭』」
ズドドドドドドンッ!!
天井から、光の杭が雨のように降り注いだ。 それは正確にアラクネの四肢を貫き、壁に磔にする。
「ギャアアアアッ!?」
「さあ、悔い改めなさい。レン様に無礼を働いた罪を、その魂が焼き尽きるまで……!」
アリアが笑顔で近づいていく。 その手には、燃え盛る聖火が握られている。
「……帰ろう」
僕はミリス(糸まみれ)を魔法で回収し、素材(静寂石)を拾って、さっさと出口へ向かった。 背後で響く「おやめください聖女様ァァ!?」という魔物の断末魔は、聞かなかったことにした。
◇
帰還後。 ミリスは「レンに助けてもらった(回収されただけ)」と上機嫌で、糸まみれの服を「記念にする」と言って洗濯を拒否していた。 アリアは「魔物を教化(物理)してきました」と、どこかスッキリした顔で祈りを捧げている。
「……」
僕は『静寂石』を加工しながら思った。 有能な盗賊は変態で、慈愛の聖女は破壊神。 このパーティにおける「常識人」の枠は、空席のままだ。




