第二話『その口説き文句は、防御壁(ファイアウォール)のつもりだった』
翌朝、僕は憂鬱な気分で目を覚ました。 宿の食堂に降りると、そこはすでに戦場だったからだ。
「あ、レンさん! おはようございます!」 「おっはよーリーダー! 昨日はよく眠れた?」
聖女アリアと盗賊ミリス。 僕のパーティメンバーであり、僕の平穏なソロライフを脅かす二大巨頭が、待ち構えていたかのように席を確保している。
めんどくさい。 心の底からそう思う。 一人で静かにコーヒーを飲んで、新聞を読みながら今日のクエストの効率的なルート構築をしたいだけなのに。
だが、ここで邪険にすればパーティの空気が悪くなり、結果的に僕の負担が増える。 僕は瞬時に「理想のリーダー」の仮面を貼り付けた。
「二人ともおはよう。……参ったな、朝から君たち二人の笑顔を見るなんて、今日はこれだけで運を使い果たしたかもしれない」
息をするように歯の浮くセリフを吐く。 これくらい大袈裟に言っておけば、逆に冗談っぽく聞こえて距離が保てるはずだ。
「も、もう! レンさんったらまた……!」 「あはは、リーダーは口が上手いんだからー!」
二人は顔を赤くして騒いでいる。 よし、これで「チャラい男」という印象を上書きできた。これ以上、個人的な感情(ガチ恋)を持たれないための予防線だ。
「おうレン、ニヤニヤしてねぇで早く飯食おうぜ」
戦士のガインが能天気に肉を頬張っている。この単細胞さだけが、僕の唯一の癒やしだ。 僕は無言で頷き、ようやくコーヒーにありついた。
◇
ギルドへの道中、僕は常に周囲を警戒していた。 敵襲ではない。「知り合い」との遭遇を避けるためだ。 誰かと会えば、挨拶をし、機嫌を取り、別れ際の一言まで計算しなければならない。そのカロリーが無駄だ。
だが、運命は意地悪だ。 路地裏から、全身を黒いローブで包んだ女がふらりと現れ、僕の行く手を阻んだ。
「……見つけた」
低い声。殺気はないが、粘着質な視線を感じる。 面倒なイベントだ。クエストの勧誘か、ナンパか、あるいは新手の詐欺か。 いずれにせよ、最速で会話を打ち切る必要がある。
僕は営業用スマイル全開で、相手が口を開く前に先制攻撃を仕掛けた。
「おや、こんな路地裏に美しい花が咲いていると思ったら……迷子かな? 子猫ちゃん」
吐き気がするほどキザなセリフだ。 普通の神経なら「うわ、何こいつ寒っ」と引いて去っていくはず。 それが僕の狙いだ。嫌われることで、平穏を守る。
しかし、女は退かなかった。 フードの下から覗く瞳が、怪しく揺らめく。
「……私の正体に気づいているの?」
は? 正体? 知るわけがない。適当に言っただけだ。
「隠しても無駄だよ。君のような特別な存在が、僕の目をごまかせるわけないだろう?」
早くどいてくれ。頼むから行ってくれ。 そんな本心を「意味深な微笑み」でコーティングして、僕は畳み掛ける。
「君の悩み、君の孤独……僕には痛いほど伝わってくる。でも、今は急いでるんだ。運命があれば、また会えるさ」
さあ、これで「頭のおかしいナンパ男」だと思っただろう。ドン引きして帰ってくれ。 僕は颯爽と彼女の横を通り過ぎようとした。
ガシッ。 ローブから伸びた白い手が、僕の腕を掴む。
「……嘘つき」
女の声が震えていた。
「私の『孤独』が見えるなんて……あなた、何者?」
……え?
「王宮魔導師ですら見抜けなかった私の『呪い』を、一目で見抜くなんて……」
女が顔を上げる。その瞳は、ドン引きどころか、熱っぽい陶酔の色に染まっていた。
「待っていたわ。私を理解してくれる、運命の殿方を」
――詰んだ。
適当に言った「孤独」というワードが、たまたま彼女の地雷(設定)にクリティカルヒットしたらしい。 回避しようとして放ったスキルが、まさかの特大バフになって返ってくるとは。
「さあ、連れて行って。地の果てでも、地獄でも……あなたとなら、どこへでも」
彼女は僕の腕に頬をすり寄せてくる。 背後では、アリアとミリスが般若のような顔でこちらを睨み、ガインが「すげぇ! レン、お前いつの間にこんな美人と!」と的外れな感心をしていた。
僕は完璧な笑顔のまま、心の中で頭を抱えた。
(……帰りたい。今すぐ湿気の多い部屋の隅で、誰とも口をきかずに苔を眺めていたい)
僕の願いとは裏腹に、世界は僕を放っておいてくれないらしい。




