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『道化師の仮面は、硝子(ガラス)でできている』  作者: 沼口ちるの


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第十九話『絶対不可侵の寝室、あるいは乙女たちの耐久試験』

風呂場から、キャッキャという声と、ドシッドシッという足音が近づいてくる。 湯上がりの猛獣たちが、獲物(僕)を求めて戻ってくる合図だ。


「……来る」


僕は戦慄した。 さっきの「風呂に入ってこい」という発言は、単なる衛生面の問題提起だった。 だが、彼女たちの脳内では「身を清めてから夜の相手をしろ」というセリフに変換されている。


このままでは、僕の聖域(寝室)が、喧騒と体温と、ねっとりとした情愛で汚染されてしまう。 それだけは避けなければならない。僕には、一人で壁のシミを数えながら眠りにつく権利があるはずだ。


「……閉鎖だ」


僕は寝室の扉の前に立ち、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。


空間断絶ディメンジョン・カット』。 『物理無効化フィジカル・キャンセル』。 『認識阻害ステルス』。


三重の結界を展開する。 これはドラゴンブレスだろうが、隕石だろうが弾き返す、僕の持てる最強の防御魔法だ。 本来は世界を救う決戦で使うレベルの術式だが、僕はこれを「鍵」として使用した。


「よし。これで誰も入れない」


僕は扉に一枚の張り紙をした。


【就寝中。世界の危機以外で起こすな】


完璧だ。 僕は耳栓をし、アイマスクをし、さらに布団を頭から被って、安らかな眠りについた。


   ◇


数分後。 廊下に、湯気立つ肌をバスタオル一枚で包んだ三人の美女(と一人の筋肉)が現れた。


「レン様~♡ お待たせしまし……あれ?」 「扉が……開かないでござる?」 「フン、鍵か? こんなもの、私の筋肉で……ぬんッ!」


ガギンッ!!


ヴェルミリアのタックルが、見えない壁に弾かれた。 彼女は尻餅をつき、目を丸くする。


「な……なんだこの硬度は!? 私のタックルは城門すら粉砕するのだぞ!?」


「……魔力干渉を感知。これは……『空間断絶』ですわね」 ルナリアが瞳を細め、扉の前に張り巡らされた術式を解析する。 「しかも、ただの鍵ではありません。……見て、あの張り紙」


【就寝中。世界の危機以外で起こすな】


三人は顔を見合わせた。 そして、それぞれの脳内フィルタが最大出力で稼働する。


「……なるほど。これは『試練』でござるな」 ノブツナが深く頷いた。


「試練だと?」


「左様。師匠の隣で眠る資格があるのは、この『最強の盾』を突破できる者のみ……。生半可な覚悟で夜這いなど許さん、という師匠のメッセージでござる!」


「そうか……! レンは、私のパワーを試しているのか……!」 ヴェルミリアが肌を紅潮させ、拳を握りしめる。


「素敵ですわ、レン様……。安易に体を許さず、私たちに努力を求めるその高潔さ……! 燃えてきましたわ!」 ルナリアの背後にどす黒い炎が上がる。


「行くぞ貴様ら! 今夜中にこの扉をこじ開けた者が、レンの『一番』だ!!」


「望むところ!」 「いざッ!!」


そこから、地獄の「ドアノブ攻略戦」が始まった。


「オラオラオラオラァッ!!」(ヴェルミリアの連打) 「斬鉄・一文字ィィッ!!」(ノブツナの抜刀術) 「ディメンジョン・ブレイク!!」(ルナリアの空間魔法)


ドガガガガッ!! キィィィン!! ズゴゴゴゴ!! 廊下が揺れ、壁に亀裂が走り、衝撃波が塔全体を揺らす。 だが、僕の「絶対に一人で寝たい」という執念が生み出した結界は、ビクともしなかった。


   ◇


翌朝。


小鳥のさえずりと共に、僕は爽やかに目覚めた。 防音結界のおかげで、昨夜は何の音も聞こえなかった。熟睡だ。


「さて、コーヒーでも飲むか」


僕はあくびをしながら扉を開けた。 結界を解除し、廊下に出る。


そこには。


「むにゃ……もう、殴れない……」 「師匠……硬すぎ……でござる……」 「魔力切れ……ですわ……」


廊下で折り重なるようにして、三人の美女が雑魚寝していた。 全員、ボロボロだ。ヴェルミリアに至っては、なぜか白目を剥いて壁に埋まっている。 昨夜、何があったのか知らないが、邪魔だ。


「……通行の妨げだ」


僕は無感情にそう思うと、魔法で彼女たちを浮かせ、廊下の端っこに寄せた。 そして、ついでに風邪を引かれて看病イベントが発生するのは面倒なので、近くにあったカーペット(床に敷いてあったやつ)を、魔法で浮かせて彼女たちの上にバサッと掛けた。


「(これで良し。あとは放置だ)」


僕は彼女たちを跨いで、食堂へと向かった。


   ◇


数時間後。 目を覚ました三人は、自分たちの上に掛けられたカーペットを見て、震えていた。


「こ、これは……レン様が掛けてくださったの……?」 「拙者たちが力及ばず、行き倒れている間に……?」


ルナリアがカーペットを抱きしめ、うっとりと呟く。


「昨夜、あれだけの攻撃を受けても起きることなく……。それなのに、朝になったら敗者である私たちに、優しく布を掛けてくださるなんて……!」


「うおおおん! 優しい! 厳しくも優しいぞレン!!」 ヴェルミリアが号泣する。


「我らの未熟さを無言で諭し、慈悲を与える……。これぞ『武』の極み! 一生ついて行くでござる!!」 ノブツナが床に額を打ち付けた。


食堂でコーヒーを飲んでいた僕の背中に、突然『信頼度レベルアップ』のファンファーレ(幻聴)が聞こえた気がした。


「……悪寒がする」


僕はカップを置いた。 どうやら、この塔の空調設備を見直す必要があるかもしれない。

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