第十八話『筋肉王女の嘆き、あるいは更地造成(ランドスケープ)の為の代理戦争』
朝の騒動が一段落し、昼下がり。 僕は塔のバルコニーで、極上の紅茶を啜っていた。 ……ようやく静かになった。
と思ったら、バルコニーの下から地響きが聞こえてきた。
「ヌンッ! フンッ! ハッ!」
見下ろすと、庭でヴェルミリアが「塔の基礎部分」を使って懸垂をしていた。 建物の土台を指で掴んで、自重(+フルプレートメイルの重さ)で上下している。
「……やめろ。家が傾く」
僕が注意すると、ヴェルミリアは爽やかな笑顔(汗だく)で飛び上がってきた。
「おお、レン! 見てくれ、この上腕二頭筋! 昨日の『壁登り』で、さらにキレが増しただろう!」
彼女はポージングを決めた。 白いドレスの上からでもわかる、鋼のような筋肉。確かに美しいが、王女としてそれはどうなんだ。
「……君、本当に王女?」 「失礼な。ガレリア国、第三王女だ。我が国の王族は、代々『筋肉こそ正義』が家訓だからな」
脳筋国家だった。 外交したくない国ナンバーワンだ。
そこへ、殺気と魔力が同時に割り込んでくる。
「ヴェルミリア殿。師匠の御前で、そのような暑苦しい肉を見せつけるのは控えていただきたい」 ノブツナが静かに現れる。 「師匠が求めているのは『静寂』と『ワビサビ』。貴殿のような『動』の塊はノイズでござる」
「あら、あなたも同類よ、刀マニアさん」 ルナリアも優雅に着地する。 「レン様に必要なのは、全てを包み込む『貴族の品格』と『絶対的な魔力』。……筋肉も剣も、野蛮ですわ」
バチバチバチッ!! 三人の視線が交錯し、火花が散る。
「……あ?」 ヴェルミリアのあめ色の肌に、血管が浮き出る。 「野蛮だと? ……いいだろう。誰がレンの隣に相応しいか、ここで白黒つけようではないか!」
「望むところでござる!」 「身の程をわからせてあげるわ!」
『警告:塔の倒壊リスク上昇』 『予測被害:甚大』
まずい。ここで暴れられたら、僕の平穏なティータイムどころか、住む場所がなくなる。 止めるのは不可能だ。ならば、誘導するしかない。
僕は指をさした。 塔から数キロ先にある、岩だらけの荒野。 そこは未開拓で、邪魔な岩山が多くて整地が面倒だった場所だ。
「……やるなら、あそこでやれ」
僕は短く告げた。 「あそこにある岩山。あれが目障りなんだ。……一番派手に壊した奴を、少しは評価してやる」
もちろん嘘だ。 ただの「遠くへ行け」という命令だ。
しかし、彼女たちの脳内フィルタは高性能だった。
「!! レン様が……望んでいる!?」 「目障りな岩山を消せと……つまり、拙者たちの『破壊力』をテストすると!?」 「勝った者が、レン様の『一番』……!!」
三人の目の色が変わった。
「うおおおおお! 任せろレン! あの山ごと粉砕にしてやる!!」 「いざッ!!」 「行きますわよ!!」
ドヒュゥゥゥン!! 三人は音速で飛び去っていった。
◇
数分後。 遠くの荒野で、天変地異が起きた。
「マッスル・ギガンティック・クラッシュ!!」(物理) 「秘剣・山颪!!」(斬撃) 「グラビティ・プレス・マキシマム!!」(魔法)
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
地響きと共に、岩山が消滅した。 それどころか、綺麗な「平地」が出来上がっていた。 ヴェルミリアが砕き、ノブツナが均し、ルナリアが固めた。完璧な連携プレーだ。
「……ふむ」
僕は頷いた。 あそこ、駐車場にしようと思ってたんだよね。ちょうどいい。
戻ってきた三人は、ボロボロになりながらも、期待に満ちた目で僕を見ていた。 特にヴェルミリアは、鎧が弾け飛び、筋肉美を晒しながら親指を立てている。
「はぁ、はぁ……どうだレン! 私が一番デカい岩を砕いたぞ! ナイスバルクだろう!?」
「服が汚れている。……全員、風呂に入ってこい」
僕は冷たく言い放った。 「汗臭いのは嫌いだ」
三人は固まった後、パァァァと顔を輝かせた。
「そ、そうか……! 『身を清めてから寝室に来い』ということか……!!」 「師匠……なんと厳しい、しかし愛のあるお言葉!」 「急ぎましょう! レン様がお待ちですわ!!」
ダダダダダッ!! 三人は塔の大浴場へと走っていった。
「……」
僕は一人、静かになったバルコニーで、新しい紅茶を淹れた。 寝室に行くとは言っていない。 だがまあ、風呂に入っている一時間くらいは、静寂が保たれるだろう。
「……処世術とは、猛獣使いのそれに似ている」
僕は深く溜息をつき、遠くの更地(元・岩山)を眺めた。




