第十四話『働き方改革の強制執行、あるいは怠惰への誘導が産んだ経済革命』
領主執務室(という名の、僕の寝室)。 目の前に積み上げられた書類の塔を見上げて、僕は絶望していた。
『アッシュトン領、今月の経済成長率:+400%』 『人口増加率:+250%』 『騒音レベル:測定不能(極めて不快)』
働きすぎだ。 この領の人間は、どうなっているんだ。 難民だった反動か、「レン様のために!」を合言葉に、24時間不眠不休で開拓、建設、商売を続けている。 その結果、深夜まで槌音が響き、早朝から市場の競り声が聞こえる。
「……眠れない」
防音結界の出力は限界だ。 このままでは、僕の精神的安寧が崩壊する。
僕は決断した。 彼らのやる気を削ごう。 強制的に「怠惰」を植え付け、生産性を落とし、この街を寂れさせるのだ。 そうすれば、人も減り、静寂が戻ってくるはずだ。
「アリア、布告だ」
「は、はい! なんでしょう、レン様!」 アリアが羽ペンを構える。
「本日より、当領地における『労働』を制限する」
僕は、前世の記憶にある「ニート推奨プログラム」とも呼べる悪法を羅列した。
週休二日制の導入: 七日のうち二日は、絶対に働いてはならない。
昼寝の義務化: 昼の2時間は、全住民が強制的に睡眠をとること。
残業の禁止: 日が沈んだら、全ての灯りを消して寝ること。違反者はゴーレムが物理的に家に押し込む。
「……以上だ。これを破った者は領外追放とする」
これで生産性は半減以下になるだろう。 経済は停滞し、商人は逃げ出し、街は静かになる。完璧な「衰退計画」だ。
アリアの手が震えていた。 「……なんと……! なんという……!」
(ふふ、驚いたか。あまりの暴君ぶりに失望しただろう)
「……『人の体は資本なり』。レン様は、民の健康を第一に考え、神の如き慈悲で『休息』をお与えくださるのですね……!!」
……ん?
「この世界じゃ、奉公人は死ぬまで働くのが当たり前……。なのに、休むことを『義務』にするなんて……! レン様こそ、真の『人権』の守護者です!!」
アリアが涙を流しながら窓を開け、拡声魔法で叫んだ。
『領民たちよ! 聞け! 慈悲深きレン様からの勅命である!!』
◇
結果。
僕の目論見は、物理法則を無視して粉砕された。
「うおおお! 今日は休みだ! 体が軽い!」 「昼寝のおかげで、午後の集中力が段違いだぞ!」 「日が沈んだら帰れるから、家族との時間が増えた! 明日もレン様のために頑張ろう!」
生産性が、倍増した。
ブラック労働が当たり前のこの世界において、適切な休息とリフレッシュを与えられたアッシュトン領民のパフォーマンスは、他国の労働者を圧倒した。 ミスは減り、病人は激減し、短時間で高品質な製品が量産されるようになった。
さらに悪いことに。
「おい聞いたか? アッシュトン領に行けば、休みが貰えるらしいぞ!」 「給金も良くて、領主様が健康を管理してくれるって!?」 「楽園だ! 俺たちも移住しよう!」
周辺諸国から、優秀な職人、学者、魔法使いたちが、雪崩を打って押し寄せてきた。 『高度人材の流出』だ。 隣国のギルドや工房は空っぽになり、代わりにアッシュトン領は「天才たちの見本市」と化した。
◇
「……どうしてこうなった」
僕は塔の窓から、さらに巨大化し、さらに賑やかになった(ただし夜は静かになった)街を見下ろした。
「レン、様……♡」
背後から、熱っぽい吐息。 ヴェルミリアだ。彼女は今、僕の護衛(自称)として部屋に常駐している。
「貴様の采配、見事だ。……兵士たちにも『休息』を与えたことで、彼らの筋肉超回復が促進され、我が騎士団よりも強靭な肉体を手に入れている」
彼女はうっとりと僕を見つめ、自身の二の腕をさする。
「私にも……『休息』という名の命令をくれないか? ベッドの上で、貴様と共に……」
「却下する。君は外の警備だ。24時間体制で」
「24時間……!? 領民には休息を与え、私には不眠不休の使役……! つまり、私だけが貴様の『特別』な奴隷ということか……!?」
ヴェルミリアが鼻血を出しそうになりながら、窓から飛び出していった。 「うおおおお! レン様のために、不審者は全員ねじ伏せる!!」
ドガァァァン!! 外で誰かが吹き飛ばされる音がした。たぶん、隣国のスパイか何かだろう。
『システム通知:領地の防衛力が「鉄壁」から「要塞」にランクアップしました』 『称号獲得:【労働の賢者】【慈愛の独裁者】』
僕は、ふて寝するために枕を被った。
「……シゾイドにとって、有能すぎる味方は敵だ」
僕が作り上げた「怠惰な楽園」は、皮肉にも世界で最も忙しい経済の中心地になろうとしていた。




