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『道化師の仮面は、硝子(ガラス)でできている』  作者: 沼口ちるの


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第十三話『灰の街(アッシュトン)の防衛戦、あるいは求婚者の握力測定』

僕の名前はレン・アシュトン。 つい先日、勝手にできた城下町の代表者会議で、「領主様に家名がないのは外交上マズい」と泣きつかれ、適当に名乗ったのが始まりだ。


由来は単純。 この辺りは元々、魔物の巣窟で焼けた土しかなかった。「灰(Ash)の町(Town)」――つまり「アッシュトン」。 「ゴミ捨て場」くらいのニュアンスでつけたのだが、アリアたちが、 「フェニックスは灰より蘇る……つまり『再生と不滅の象徴』としての家名ですね! なんて深遠な!」 と勝手に解釈し、今や大陸でも有数の名家のような響きを持ってしまっている。


まあいい。名前なんて識別コードだ。


問題は、その識別コードを大声で叫びながら、僕の塔を物理的に登ってくる「赤いバグ」の方だ。


「レン・アシュトーーーン!! 勝負しろォォォ!!」


塔の外壁。高さ50メートル地点。 昨日の女騎士――隣国ガレリアの第3王女、ヴェルミリアが、窓枠に指をかけてへばりついていた。


「……なんで玄関ゴーレムを通さないんだ」


『タスク:不法侵入者の排除』 『手段:非致死性の嫌がらせ』


僕はコーヒーを啜りながら、塔の防衛システム(スマートホーム機能)を操作する。


「……『外壁洗浄ウォッシュ』モード起動」


塔の外壁から、ヌルヌルとした洗浄液(スライムの体液を加工した潤滑油)が大量に分泌される。 摩擦係数をゼロにする、対「忍者・盗賊」用の防犯機能だ。


「うおっ!? なんだこのヌルヌルは!? 滑る……っ!」


ヴェルミリアの足が滑る。 普通ならこれで落下して終わりだが、彼女は違った。


「ぬんッ!!」


ガガガガッ!! 彼女は指先に魔力を集中させ、強化された握力で、石造りの外壁に直接指を食い込ませたのだ。 潤滑油ごと壁を砕きながら、強引に姿勢を維持している。


「……小賢しい罠を! だが、この程度の試練、私の愛(闘争心)を阻めると思うな!」


(……壁の修理費、請求していいかな)


僕は眉間のシワを揉みほぐし、次の手を打つ。 物理がダメなら、環境攻撃だ。


「……『排気ファン』最大出力」


塔の上部にある換気口から、突風ダウンバーストを発生させる。 風速40メートル。台風並みの風圧が彼女を襲う。


「ぐアアアアッ!? か、風魔法か!? 落下させて……私を受け止めるつもりか!? 甘い!!」


彼女は今度は、背中の大剣を壁に突き刺し、それをアンカーにして耐えた。 台風の中で鯉のぼりのようにバタバタとなびいているが、落ちない。


「レン・アシュトン! これが貴様の『愛のムチ』か!? もっと来い! 私を屈服させてみろ!!」


……会話が成立していない。 彼女の音声入力装置は壊れているのか?


「うるさい。眠れない」


僕はついに、窓を開けた。 直接、言葉で排除するしかない。


僕が顔を出すと、暴風の中でヴェルミリアが目を輝かせた。


「出たな! さあ、正々堂々と……」


「帰れ」


僕は冷徹に言い放った。


「君は邪魔だ。騒がしいし、壁は壊すし、美的景観を損ねている。君のような野蛮な筋肉ダルマに割く時間も、感情も、僕には1ミリグラムも存在しない」


シゾイド全開の、拒絶の言葉。 普通の令嬢なら泣いて逃げ出すレベルの暴言だ。 これで彼女も、自分の無価値さを悟って去るだろう。


しかし。 ヴェルミリアは風に吹かれながら、頬をポッと染め、恍惚とした表情で僕を見つめ返した。


「……『野蛮』……『邪魔』……」


彼女は身震いした。


「……初めてだ。私を『王女』とも『戦力』とも見ず……ただの『迷惑な女』として扱ってくれたのは……!」


――はい?


「国では皆、私を腫れ物扱いする。誰も本音で叱ってくれない。……でも、貴様は違う。私の鎧(外側)ではなく、私の中身(内側)を見て、対等に『嫌って』くれた……!」


彼女は大剣を引き抜き、空中で華麗に回転しながら着地(スーパーヒーロー着地)した。 そして、塔の上層にいる僕に向かって、剣を掲げた。


「気に入ったぞ、レン・アシュトン! 貴様こそ、私の『夫』に相応しい! その冷たい視線で、一生私を罵倒し続ける権利をやろう!!」


『システム警告:ストーカーが「ドMの戦闘狂」に進化しました』


僕は無言で窓を閉め、カーテンを引き、鍵をかけ、さらに空間断絶の結界を張った。


「……アリア。塩を撒いておいてくれ。最高級の浄化塩を」


部屋の隅で控えていたアリアが、感動で打ち震えながらメモを取っている。


「『愛の反対は無関心。故に、本気の罵倒は愛の裏返しである』……また一つ、レン様の名言が増えましたね! 書籍化しましょう!」


「……」


僕はベッドに潜り込んだ。 どうやらこの世界には、「言葉の通じる人間」という種族は実装されていないらしい。 アッシュトン(ゴミ捨て場)という名前は、やはりこの領地に相応しい名前だったようだ。



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