第十二話『暇つぶしの泥団子と、世界樹の誤認』
金貨の不法投棄(還元)によって、僕の領地は空前のバブル景気を迎えていた。 窓から外を見ると、かつて荒野だった場所に、大理石の舗装道路と、魔導灯がきらめく不夜城が広がっている。 ……正直、眩しい。カーテンを三重にしても光が漏れてくる。
「暇だ」
金貨の山も片付いたし、領地経営も(勝手に)順調だ。 アリアとルナリアは「レン様の慈悲を世界に広める宣教活動(という名のファンクラブ勧誘)」に出かけていて、塔の中は静かだった。
やるべきことがない。 あまりにも暇すぎて、僕は塔の裏庭(結界内)で土いじりを始めた。 子供の頃、よく泥団子を作って磨いたものだ。あれはいい。無心になれる。 思考を停止し、ただひたすらに泥を丸め、磨き、完全な球体を目指す。これぞ至高の虚無だ。
「……うん、いい光沢だ」
数時間の作業の末、僕は直径30センチほどの、黒光りする完璧な泥団子を完成させた。 ただの泥だが、僕の「形状固定」と「硬化」、そして暇つぶしに込めた「魔力コーティング」によって、オリハルコン並みの硬度と、鏡のような輝きを放っている。
満足した。 さて、これをどうするか。 部屋に飾る趣味はない。かといって捨てるのも、これだけの傑作だ、少し惜しい。
「……そうだ。街の真ん中に置いておこう」
オブジェとして。 あるいは、誰かが勝手に持っていってくれれば、ゴミ出しの手間も省ける。 僕は転移魔法で、街の中央広場の噴水の上に、そっとその「黒い泥団子」を設置して、すぐに塔へ戻った。
◇
翌日。 塔の外が、いつも以上に騒がしい。 地鳴りのようなざわめきが聞こえる。
「……なんだ? また暴動か?」
渋々、遠見の魔法で広場の様子を覗いてみる。
そこには、数万人の群衆がひしめき合い、地面に額を擦り付けていた。 中心にあるのは、僕の泥団子だ。
「おお……! なんという神々しい黒……!」 「レン様が、我らに新たな『御神体』を賜ったぞ!」 「見ろ! 私の持病の腰痛が、あの球体の光を浴びただけで治った!」(※プラシーボ効果です)
……は? ただの泥だぞ。 しかも、よく見ると隣国から来たらしい高位の鑑定士が、震える手で泥団子を鑑定している。
「こ、これは……『世界樹の種子』!? いや、それすら凌駕するエネルギー密度……『星の核』そのものか!?」
違う。 そこらの土に、僕の手垢と魔力が染み込んでるだけだ。
「なんと! レン様は、この地に新たな『世界樹』を植え、永遠の繁栄を約束してくださったのだ!」 「万歳! レン様万歳!!」
群衆の熱狂が最高潮に達する。 その時、アリアが群衆の前に進み出た。彼女の瞳は完全にイッていた。
「皆さん、静粛に! レン様のお考えは、もっと深いところにあります!」
彼女は泥団子を指差し、高らかに宣言した。
「この黒き球体は、全てを映す鏡! 自らの心の闇と向き合い、清廉潔白に生きよという、レン様からの無言の啓示なのです!」
「おおお……! さすがレン様!」 「明日から毎日、この球体を磨き上げ、己の心も磨きます!」
結果。 街の中央広場は「聖地」となり、泥団子は厳重なガラスケースに収められ、24時間体制で警備される国宝となった。 さらに、「泥団子(御神体)参拝ツアー」が組まれ、観光客が押し寄せ、領地の経済効果は前月比500%を記録した。
◇
「……」
僕は塔の最上階で、膝を抱えた。 泥団子だぞ。 あんなものに祈って、何が楽しいんだ。 というか、あの中に込めた魔力、あと3日くらいで霧散して、ただの砂に戻る設定なんだけど。
『数日後、御神体が崩壊(ただの砂になる)!』 『民衆の反応:「神が……我々の罪(強欲)を背負って砕け散ってくださった……!」』 『結果:信仰心が限界突破。レン教団の結束が強固になる。』
……読める。 未来が、鮮明に読めてしまう。
「もう嫌だ。何もしたくない」
僕は毛布を頭から被った。 この世界は、僕の「適当」をすべて「奇跡」に変換するバグ機能が搭載されているに違いない。
その夜。 塔の扉(という名の壁)を叩く音がした。 正規のルート(ゴーレム)を通さない、不躾な訪問者。
「……誰だ」
感知魔法を飛ばす。 そこに立っていたのは、全身を真紅の鎧で包んだ、いかにも「強敵」オーラを出している女騎士だった。 隣国の「戦姫」と呼ばれる、脳筋王女だ。
「出てこい、レン・アシュトン! 貴様が『星の核』を手に入れたという噂、聞き捨てならん! この私が決闘で勝ったら、その宝と貴様の身柄、我が国が貰い受ける!」
……面倒なのが来た。 泥団子のために戦争? どうぞどうぞ、持って行ってくれ。
僕は『転移』のスイッチを押した。 彼女の足元に魔法陣が出現し、彼女を強制的に街の広場――泥団子の前へ飛ばす。
『勝手に持っていけ(Take Free)』
空中に炎文字でメッセージを表示した。 これで彼女が泥団子を持ち帰れば、騒動も収まるだろう。
しかし。
数分後。 広場から絶叫が聞こえた。
「な……触れることすら、できないだと……!?」
モニターを見ると、女騎士が泥団子の結界(ただの汚れ防止コーティング)に弾き飛ばされ、地面を転がっていた。 僕の魔力コーティングは、物理攻撃を「完全反射」する性質があるのを忘れていた。
「くっ……! 拒絶されたというのか……この私が!?」
女騎士は泥団子を見上げ、頬を紅潮させ、荒い息を吐いた。
「いいだろう……。簡単に手に入る男など、興味はない。レン・アシュトン……貴様、私の『狩猟本能』に火をつけたな……!」
『新規タスク:隣国(軍事大国)からの求婚(宣戦布告)への対応』
僕はそっとモニターの電源を切り、枕に顔を埋めた。
「……静かに暮らしたいだけなのに」
僕の願いが叶う日は、永遠に来そうになかった。




