第1話 追放の夜会
4話で完結します!
ゆるく読んでください〜!
シャンデリアの眩い光が、磨き上げられた大理石の床に乱反射している。
着飾った貴族たちの囁き声が、まるで羽虫の羽音のように不快に耳にまとわりつく。
ここは王城の大広間。国王陛下主催の夜会。
そして、わたくし、公爵令嬢アナ・エルグランドが、人生最大の屈辱を味わうために用意された舞台。
「アナ・エルグランド! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
金糸の髪を揺らし、氷のように冷たい青い瞳でわたくしを見下ろすのは、この国の第一王子にして、わたくしの婚約者であるエドワード殿下。
その腕には、壊れ物を抱くかのように、か弱く美しい男爵令嬢リリア様が寄り添っている。
リリア様は潤んだ瞳でわたくしを見上げ、ふるふると震えながらエドワード殿下の背中に隠れた。
「ひっ……アナ様……わたくし、何も殿下にはお話ししておりませんのに……! これ以上、わたくしをいじめないでくださいまし……!」
(あら、お上手。今にも泡を吹いて倒れてしまいそうな名演技だこと)
心の中で、乾いた拍手を送る。
わたくしが彼女をいじめた? 階段から突き落とそうとした? ドレスを汚した?
面白い冗談だ。ここ数ヶ月、わたくしは彼女とまともに口を利いたことすらないというのに。
周囲の貴族たちが、一斉にわたくしに非難の視線を突き刺す。
「なんて酷い……リリア様がお可哀想に」
「公爵令嬢の立場を笠に着て……」
「やはり“魔力なし”は心も歪んでいるのね」
“魔力なし”。
それが、この国におけるわたくしの評価。
誰もが生まれながらに何らかの魔力を持つこの世界で、わたくしは魔力を全く持たずに生まれてきた、とされる出来損ないの公爵令嬢。
それが、エドワード殿下との婚約が結ばれた理由でもある。
あまりに強大な魔力を持つ王家の血を、次代で少しでも中和させるため――。
つまり、わたくしは血を薄めるための道具に過ぎなかった。
(まあ、それももう終わりだけれど)
わたくしは悲劇のヒロインに相応しいよう、必死に目に涙を溜める努力をした。
唇を噛みしめ、俯き、長く豊かな黒髪で表情を隠す。
震える肩は、絶望に打ちひしがれているように見えていることだろう。
完璧だ。我ながら、なかなかの女優だと思う。
「言い訳はあるか、アナ!」
エドワード殿下が、断罪するように声を張り上げる。
「……何も、申し上げることはございません。殿下が、リリア様のお言葉を信じるというのでしたら」
か細く、それでいて凛とした声を絞り出す。
ここで下手に反論すれば、醜い嫉妬と見なされるだけ。
それくらい、この茶番劇が始まる前から分かっていた。
「ふん、罪を認めるか。リリアは次代の聖女とまで噂される清らかな乙女だ。その彼女が嘘を吐くはずがない!」
(聖女、ねぇ……)
リリア様が持つのは、微弱な治癒の魔力。
猫の引っ掻き傷くらいなら治せるかもしれないが、聖女と呼ばれるにはあまりにもお粗末な力だ。
けれど、愛は盲目という。恋に落ちた男ほど、御しやすいものはない。
「リリアを虐げ、王家の名誉を傷つけた罪は重い! 本来であれば死罪だが、父である国王陛下と、貴様の父君であるエルグランド公爵の温情により、国外追放を言い渡す! 今すぐこの場から去り、二度と我らの前に姿を現すな!」
国外追放。
予想しうる限り、最上の結末だった。
(ありがとうございます、エドワード殿下。おかげさまで、ようやく自由になれますわ)
心からの感謝が、うっかり表情に出てしまわないように、さらに深く顔を伏せる。
エルグランド公爵家は、魔力を至上とする家門。
“魔力なし”のわたくしは、幼い頃から存在しない者として扱われてきた。
両親に愛された記憶も、弟に姉として慕われた記憶もない。
与えられたのは、最低限の教育と、王家への貢物としての役割だけ。
そんな息の詰まる鳥籠から、ようやく解き放たれるのだ。
喜びで踊り出しそうな心を、必死に抑えつける。
わたくしはゆっくりと顔を上げ、涙に濡れた(ふりをした)瞳でエドワード殿下を見つめた。
「……殿下。今まで、ありがとうございました。どうか、リリア様とお幸せに」
これ以上ないほど健気に、そして美しく微笑んでみせる。
一瞬、エドワード殿下の表情が揺らいだように見えたのは、気のせいだろうか。
わたくしは静かに背を向け、踵を返す。
背中に突き刺さる、侮蔑と憐憫の視線が心地良い。
誰もわたくしのことなど見ていない。
誰もわたくしの本質など気にしない。
それが、どれほど気楽で、素晴らしいことか。
大広間の巨大な扉へ向かって、一歩、また一歩と歩みを進める。
この扉を開ければ、新しい人生が始まる。
誰にも縛られない、本当のわたくしの人生が。
(それにしても……)
ふと、視線を感じた。
侮蔑でも憐憫でもない、ただ静かで、全てを見通すような強い視線。
人々の間を縫うように視線を巡らせると、広間の隅、柱の影に立つ一人の男性と目が合った。
夜の闇を溶かし込んだような黒髪に、星空を閉じ込めたような深い紫の瞳。
今日の夜会では見かけない顔だ。どこの貴族だろうか。
他の者たちとは全く違う、静謐な空気をまとっている。
彼は、わたくしを見ていた。
悲劇の令嬢アナ・エルグランドではなく、その奥にいる、本当のわたくしを射抜くように。
その紫の瞳が、面白そうに、ほんの少しだけ細められた気がした。
まるで、わたくしの心の内側を全て見透かされているようで、ほんの少しだけ背筋が冷たくなる。
(……気のせい、よね)
こんな男は知らない。
わたくしの秘密を知る者など、この世にいるはずがないのだから。
わたくしは小さな違和感を胸の奥に押し込め、大広間の扉に手をかけた。
扉の向こうに広がるのは、追放という名の、輝かしい未来。
ギィィ……と重い音を立てて扉が開く。
さようなら、偽りのわたくし。
さようなら、窮屈なだけの鳥籠。
今、わたくしは、本当の自由を手に入れる。
誰にも知られず、たった一人で抱え込んできた、このあまりにも大きすぎる秘密と共に。
この国が、わたくしという存在を失うことの本当の意味も知らずに、愚かな者たちが祝杯を挙げるのを想像しながら、わたくしは暗い夜の闇へと、晴れやかな気持ちでその一歩を踏み出したのだった。
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