異邦人と追憶2
「ふう…やれるだけのことはやったわ。あとは彼女の気力と体力次第ってとこね」
王都のギルド職員寮の一室。人員削減と人件費削減により、寮の半数は空室と化している。臨時収入を目論見、空室の一部は宿屋として運用している。
小山のような体格の回復術師と、助手と思われる痩せぎすの男。
「いつもながら見事な術式でした、ミランダさん」
グリムがほっと胸を撫で下ろす。カナデ絡みのインシデント(しかもギルド側の落ち度しかない)が立て続けに起きており、すわ死亡事故など起こそうものならいよいよ降格どころか懲戒免職からの実刑も視野に入れねばならないレベルだった。
「久々のお仕事だもの、張り切っちゃったわよ。それにしても、頭の使いすぎでこうなるだなんて…」
「正確に言えば、情報系スキルの暴走、なのですが」
「ギルマス?貴方ほんっとに懲りないわね。自分の好奇心優先じゃなくて、もっと他人を大事になさいよ。タダでさえ死亡事故が出るはずもない職人ギルドでしょ?只人は、私たちより遥かに脆いのよ?」
「いや…土木工事系だと時々…」
「安全配慮義務違反ってご存知?」
ミランダの額に青筋が浮かび始める。痩せぎすの男も2人の間で視線が行ったり来たり、居心地悪そうにしている。
「ごもっともです。肝に銘じます」
折れた。ミランダは深いため息を禁じ得ない。
「ロナン、まだちょっと熱が高いから、濡れタオルで継続的に冷やしてあげてちょうだい。夜間の看病は貴方に任せるから、私はギルドに報告に行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ、マダム」
「あ、そうだ。お夜食はちゃんと持ってくるわね。何が良いかしら?」
「マダムにいただけるものでしたら、何でも。ありがとうございます」
ロナンと呼ばれた青髪の男は恭しくお辞儀をすると、主の退室を見送った。
「ちぇっ、何で僕がチマチマとお水出さなきゃいけないんだよ。ったく」
(こっちが本性か…)
ロナンは膨大な魔力を保持している。サキュバスのミランダと遜色ないことから、彼もまた亜人であることが窺える。
「しっかし処女と二人っきりだなんて。ちょっとぐらい血をもらったって良いじゃんまったく」
ベッド脇の椅子にどっかりと腰を下ろすと、言葉にならない唸り声を上げている。
「あの…さっきから色々ダダ漏れしちゃってますよ?」
「げ、おじさん居たのか。しっしっ、見せもんじゃないよ」
「えっと…ここ僕の管轄だし、一応おじさん、偉い人なんだけどなあ…」
「ボクは男はキライなの。治療の邪魔だからあっち行ってよ」
ロナンはカナデの、特に首筋の辺りを恍惚の表情で見ている。
(駄目だ…コレ絶対1人にしたらアカンやつ)
ギルドの何処かに認識阻害の魔道具が無かったか記憶を辿りつつ、そそくさとその場を後にするグリムであった。
………
コウモリは目が覚めた。煙突から屋内に入った所までは覚えている。
お腹にはふかふかとした触感、周囲は籐カゴのような材質…
(むしろこれはカゴベッドなんじゃない?はあ、小さい生物最高。きっと今の私はラブリーコウモリちゃんに違いない)
と、思っていると背中がチリチリと熱い。熱いと言うか痛い。
(え、え、燃えてない?カナデさんの来世での活躍にご期待ください、的な?)
「ユキお姉ちゃん!コウモリさん勝手に燃えてる‼」
「燃したん誰や!火魔法使うな言うたやん‼」
「ちがうよー‼本当に勝手に…‼」
子どもたちが口々に叫ぶ。呼ばれた大人がふんわりとコウモリの体に触れる。
(冷たい…気持ちいい…)
思わず「キュー」と声が漏れてしまう。
「あー、こらアカン。コウモリちゃうわ。吸血鬼や」
「ええ‼なんで分かるの‼?」
「お日さんに弱いし、妙に人慣れしよるからな。あと、魔力がぎょうさんある」
「やっぱユキお姉ちゃんすごーい!」
「こわーい!」
「どうしよう、シスターマリアにちゃんと言わなきゃ」
「んー…シスターにはうちから言うとくわ。君たちは早う畑のお世話しい」
「「「はーい」」」
ドタドタ駆け足で揺れる床。大分床下の強度が心配になる。
「さてと…」
ユキはスッと目を細める。切れ長で黒目の部分は淡い水色と紺のグラデーション、髪はおかっぱを少し伸ばしたような青みがかった銀糸。
「聖結界に普通に入り込んだっちゅうことは、魔素中毒ではなさそやな。ふふ、そんなに震えんでええて。うち、雪女やねん。あんさんも大概、危険生物扱いされて村を追われたクチやろ?」
火傷は持ち前の治癒力のおかげですぐ治ったが、ユキはまだ手をかざしている。そっと触れる指先は氷のように冷たい。
「キュー…ン…」
「ふふ、かわいいやっちゃの。お日さんに当たるとやわや。地下の書庫に一旦居てもらうけど、ええか?」
「キュッキュッ♪」
(雪女の…ユキ…?あのおばあちゃん、こんなに美人さんだったんだ。はあ…ひんやりしてて気持ちいい…)
カナデは本格的にコウモリ生を満喫することにした。きっとこれはうん十年昔の誰かの記憶かもしれないし、ひょっとしたらコウモリに転生したのかもしれないと思い始めていたが、考えるのをやめた。




