異邦人と追憶1
鼻血を出したのは子どものとき以来か、近くにいるはずのグリムの声が遠くに聞こえる。
脳の容量オーバーでパニックを起こす同僚を横目で見ていたが、これは完全にそんな域を超えてしまっている。
(まずい…不味いけど解析と再現が止まらない。動くな。これ以上…動くな…)
まさか【精密再現】と【構造理解】のスキルが異空間ゲートを解析·図面再現を試みただけで暴走するとは考えてもみなかった。
(あー…耳から脳みそ出そう。誰よ、こんなの解析しようって言ったの。…あ、私だ)
元はと言えばカナデが異世界転移に失敗し続け、折角【構造理解】という特殊スキルを得たのなら、故障部分を見つけてみようというのが発端だった。
最初こそ転記されていく内部構造と、沢山の技術者によって書き込まれて行った複雑怪奇な図面を見比べては感嘆の声を上げていたグリムだったが、図面の10分の1、作業時間が4時間に差し掛かった頃に異変は起きた。
「やめてください、カナデさん!これ以上は人間の身体では持ちません!!」
カナデの目からは血の涙が溢れ、鼻血は書き上げた図面にボタボタと落ちる。
異変はカナデだけではなかった。ゲートが少しずつ光を帯び始めていた。
(もしかして、ゲートの誤作動の原因は…彼女自身…?)
そこに思い至ったグリムは懐から携帯転移陣を取り出すと即座に起動、カナデを小脇に抱えて転移陣の光の中へと飛び込んだ。
冷たい大理石の床から、一気に毛足の長い絨毯の床に変わる。グリムにとっては親の顔より見た、王都のギルド長室の天井だった。
たまたま申請書類を提出しに訪れた職員が突如現れた部屋の主に腰を抜かす。と同時に、彼の傍らで流血しながら気を失う女性の姿に悲鳴を噛み殺す。
「ひ…人殺し…‼」
「違うんだ君、誤解だ‼だが彼女の生命がピンチなのは本当だ。直ぐに回復術師を呼んでくれ‼冒険者ギルドに頼んでくれてもいい。大至急だ‼」
一方、カナデは…と言うより彼女の意識は…暗い森を見下ろしていた。森の木々は足元を素早く流れていく。自分の体に意識を向ける。
(羽が2枚。風圧に負けそうな軽い身体。羽をバタつかせないとすぐ落ちる。コレって…コウモリ?)
風を切る音がうるさく、思考が乱れる。ただ、カナデの思っているコウモリ像とは微妙に異なる。
(確か、目は退化してて、超音波の跳ねっ返りか何かで物体の存在を把握するんじゃなかったっけ。こんなにくっきり見えるはずじゃ…)
「コロス…コロ…ス…」
耳元から微かに聞こえる怨嗟の声。声だけが追いかけてきているのか、頭に直接語りかけているのか、咄嗟には判別できない。
(何これキモッ‼…それにしても疲れたしお腹すいたし)
このコウモリ(仮)は何かから必死に逃げているようだった。怨嗟の声は時折大きくなったり小さくなったりしながら、小さな生物を追いかけ回している。
(蚊は殆どを壁に止まって体力温存するとか、飼われてる鳥は飛ぶのが面倒くさくなって歩きがちとかよく聞くけど、自分が飛べるようになったらよく分かるわ。とにかくキッツい‼誰よ空を自由に飛べる小鳥になりたいとか言ってた夢見がちな少女は!そうだよ私だよ‼)
思考がおかしな方向に逸れ始めた時、真っ暗な森の中に優しい光が一条立ち昇る。
(何あれ。でもあそこに行けば確実に助かるって本能的に分かる。アレが聖なる光ってやつなのかしら…)
よく目を凝らすと、光っているのは煙突のある石造りの建物で、屋根の上にはこの国の国教のシンボルが据えられていた。
(教会?こんな僻地に教会なんて…)
コウモリは吸い寄せられるように光の中へと突き進む―。




