よみがえる勤労5
リイシャが通う学園の寮は、大きく分けて平民枠、貴族枠、性別で棟が異なっている。
殊、貴族の場合はイベントや入試以外で寮に立ち入る父母は(過保護な親を除けば)ほぼ皆無なのが日常であり、ご多分に漏れず、ミランダも貴族の奥方との茶会に勤しんでおり学園の敷地に入るのも入試以来となる。
無遠慮な生徒たちからの視線が刺さる。立派な肉厚ボディを、普段使いで多少装飾は少ないものの上等なオーダーメイドドレスで包む姿は、見慣れない者からは贅の象徴に映るらしい。
荷物の引き渡し、常備薬の有無など、入寮前の諸事項を確認し、早々に立ち去ることにする。リイシャは別れを惜しむでもなく、「何かあれば手紙を出しますわ。ほら、お茶会に遅れましてよ」とにこやかに手を振っている。
お茶会で度々囁かれるのは、娘は孤立している可能性がある、という点だった。
貴族の中でもそこまで高い地位ではないが、母親の持って生まれた魔術の素養を引き継いでしまったことで、完全に周囲を見下すムーブが板についているらしい。
特にお情けで行動を共にしていると言われているアンナに関しては、平民どころか片親の貧民故、下僕のように扱っている…というのが、あくまでママ友の噂レベルの話であった。
悪い噂は話半分に聞くのが親心と言うもの、ママ友は友だちとは違う、と言い聞かせてはいるものの、娘の周りに同世代が寄りつかない様をみるだに推して察してしまう。
ミランダは旅に出るつもりであったが、このままでは娘の精神衛生上の危機は不可避であった。
そういう状況もあり、娘には書類専用の転移陣を持たせている。母親といつでも連絡が取れる安心感を重視したのは言うまでもないが、今の悩みを文字に起こすことは自分の頭を整理するにも役に立つと考えてのことだった。
逡巡し右往左往している間に、出立までの準備をあれやこれやと済ませ、バックパックに平民の旅装束で乗合馬車に乗る頃には、既に日も傾き始めていた。
今日は王都に続く街道の宿場町で一泊し、翌日王都の冒険者ギルドに依頼の詳細を聞きに行く予定であった。
道中は呆気ないほどの平穏。現役時代は何度も商隊や乗合馬車の護衛依頼を務めあげていたミランダにとってそれはあまりにも異様であった。
馬車の揺れは心地よく、朝から動き通しだった疲れがどっと押し寄せ、睡魔に身を任せていたその時であった。
他の乗客がざわめきはじめる。2頭立ての馬車の馬が急に足を停めた。
車内には武の心得があるような者は一見して居らず、旅の装備をしているのはミランダと、杖を持った老人が1人。
(魔素溜まりでもあるのかしら。反応しているのは馬と、私と…)
「たああああすううううけええええてえええ‼」
間延びのした叫び声が聞こえてきたかと思うと、馬車の客室のドアが激しく叩かれる。
「おいやめろ!どうした!?」
「な…何か変なのに追われてるんだ…敵性生物がどうちゃらとか、排除するとか言われて…」
御者と謎の男の会話に息を飲む乗客たち。
「ああ、【防衛機構】がエラーを起こしたか。時々あるんだよ。俺通行証持ってるから認証しとくわ。ちょっと乗ってろ」
「助かるよー」
「あと開け方こう、な。うわ、へこんじまってるじゃねえか。金はあるか?」
「ないけどコレなら…」
「魔石か。まあいいだろう。さっさと乗れ。席は適当に座っとけ」
「ありがとう。助かったよー」
客室に入ってきた男はほっそりとした体躯に艷やかな青髪であった。服装はサイズの合わない服を無理矢理紐で縛ったような、着の身着のままのもの。
(…吸血鬼‼)
彼が亜人であることは、同じ亜人、サキュバスであるミランダ以外には判別ができない。
(どうしてこんな所に…)
固唾を飲む音が旅装束の老人から聞こえる。誰にも気取られない程度だが、杖の持つ位置を微妙にずらしているのをミランダは見逃さなかった。
青髪はにこやかに「ごめんね、お騒がせしちゃって。どうもどうも」などとヘコヘコしている。ちょうどミランダの横の席が空いており、男はゆっくりと腰を下ろす。
青髪が呼吸を整え、一息つく頃には御者が【認証】を終えて客室のドアからひょっこり顔を出した。
「大変お待たせいたしました。間もなく出発いたします」
事務的に頭を下げると御者台へ戻っていく。馬車は夜闇の中をゆっくりと走り始めた。




