所謂巻き込まれた一般人(1)
いつも通り電車に乗り、家路につく。
流れる景色もいつも通り。スマホを眺めながら、とりあえず洗剤とトイレットペーパーでもポチっとくかと貯金額を思い出しながら置き配の手続きをする。
実家を出て一人暮らしも早数年。最初は女性1人の都会での生活を随分危ぶまれたが、たまたま住んでる地域の治安も良く、何事もなく社会人生活を謳歌している。
パワハラしてくる上司も居ない。後輩はかわいい。いびる御局も皆無の平和な職場だ。
周囲の振った振られた的な話を聞けば聞くほど、彼氏がほしいという気持ちも薄らいでくる。
このままいつも通りの平穏な日常が続けば…と思ったのがいけなかったのか。
車内が急に真っ暗になり、音もなく止まる。動いていた物が急に止まれば振動はあるはずなのに、不思議なことに何もない。まるで感覚を急に遮断されたようだ。
足下に幾何学模様の青白い光が広がり、景色が一変する。
天井の高い、教会のようなステンドグラスが頭上に見える場所。
自分の他にも電車の車内に居た数人が床に座り込んでいるが、全員先程と髪の色が違う。
「おい、さっきの女神みたいなの、オマエも見たか?」
「勇者がどうのとか言ってたぞ」
「スマホの電波消えちゃってるんだけど」
女神?勇者?そんな話は聞いてない。ただ視界が暗転しただけだ。
周囲に白ずくめの性別も年齢も分からない者たちが現れ、目の前には白ずくめに金糸の装飾が入った服、よく宗教の司祭が着るような服をまとった初老の男が何やら興奮して話している。
が、全く何を言っているのかわからない。
共に連れてこられた若者たちの口から時々漏れる「勇者」「転移」「魔王」という単語をつなぎ合わせて、なんとか状況を理解する。
魔王を倒すために召喚された勇者、ということなのだろう。
しかし、1人だけ髪色に変化なく、言葉も通じていない様子の者を発見した途端、司祭風の男は急に血相を変えた。
「魔王の手先だって?このおばさんが??」
1人の青年の言葉に、深く胸を抉られるとともに疑問符が大量に現れた。
なぜ巻き込まれたのか。なぜ守衛のような者たちにつまみだされたのか。
なぜ、自分だけ路上で寝ているのか。
このまま餓死してしまうのか。
視界がゆがむ。目が覚めたら自分の家の寝床だったら良いのに。
私が居ない間、家賃はどうなってしまうんだろうか。
きっと世の中に溢れかえった転生モノの裏側で、自分のようなひっそりと息を引き取る人間も居たのだろう。
さよなら現実世界。さよなら異世界。
第一部 完




