異邦人と追憶4
「こんなもんっ……食えるかああああっ‼‼‼‼」
自分のあまりの大音声で目が覚める。冷や汗で肌着がぐっちょりと濡れている。見慣れない天井。
(あれ?私さっきまでカゴベッドでぬくぬく小動物生活してたはずなのに…【やっぱり転生したらコウモリだった件】にならなかったかあ。ちょっと残念)
「えっと…カナデさん…で合ってるのかな?」
前髪で片目が完全に隠れているが、もう片側の前髪は編み込みのオールバックという、なかなか攻めた髪型の男が目をひん剥いている。
「あ、はい。カナデです。平成生まれの暴れはっちゃけゆとり世代ですが何か?」
「へいせい?いや何言ってるか分からないです」
部屋の外からバタバタと足音が迫ってくる。蝶番が外れんばかりの勢いでドアが開け放たれた。というか、実際壊れた。
(うっわ、すごい既視感)
「なんですか!?今の騒ぎ…わあああ‼‼」
「おじさん、耳元で叫ばないでよ」
「カナデさん‼あー、良かった…このまま目覚めなかったらどうしようかと」
目元にはくっきりとクマが浮かび、見るからにやつれている。
「グリムさん、おはようございます。なんだか体が重くって…」
「そりゃそうですよ。一週間目覚めない内に筋力も衰えてますし、何よりも飲まず食わずでしたから…」
「い……‼?」
小さくてかわいいものになっていた所から30代一般女性に戻ったことによる重さかと思いきや、純粋かつ極めて物理的な理由だった。
「マダムの回復魔法をもってしても栄養失調と筋肉のリハビリは無理だからね。諦めて」
見た目通りの軽薄な口調。
「まあ?ボクの眷属になってくれたら?ニンゲンの煩わしさなんて全部吹っ飛んじゃうけど?」
チラチラと首筋を見ている。
「病み上がりの人に何吹き込んでるんですか。ところでカナデさん、つかぬことをお伺いしますが…」
グリムがジト目でチャラ男を睨みつける。
「貴女が冒険者に差し出された虫の特徴、聞いてもいいですか」
「思い出したくない質問ぶっ込まないでもらっていいですか?」
「あー、ごめんごめん。長年エルフの研究者の中である虫に関しての仮説が…」
「おじさんサイテー」
「最低ですグリムさん」
若者(?)2人に集中砲火を浴びせられるグリム。
「いやホント、悪いとは思ってるんですが、この仮説が立証されれば魔素中毒に対して革新的なアプローチが…ひいては魔素溜まりすら解消できる一手になるんです…どうか…」
「えっと…そもそもなんで私が夢のなかで虫を食べさせられかけた事を知ってるんです?」
「ああ!そうだね。前提条件が抜けてたよ」
グリムは懐から一冊の本を取り出す。シミだらけの表紙には日付だけがなぐり書きされており、読むのに支障がない程度に簡易的に修復されている。
「これはとある人の日記でね。貴女はこの本の中に閉じ込められていたんです。恐らく、ゲートの誤作動により」
2度あることは3度ある、3回続けば必然…という言葉が脳裏に浮かぶ。
「この人物はこの虫を食べ続けたことで魔素を魔力に変換する能力を手に入れた…かもしれないと」
「本人も分かってないんですね」
「そりゃそうだよ。魔素を魔力に変換だなんて、夢のまた夢だからね。でも居たんだ。その虫の生息域で、極端な魔素の低下が起きていた。魔素が少ないから生きているのか、魔素を吸ってるから少ないのか、そこまで判別できない内に絶滅してしまったがね」
「あくまで仮説の域…ですよね」
「仮説…でした。この人物の存在を知らないままであれば」
日記をそっと撫でる。
偶然生じたゲートの誤作動、偶然迷い込んだある人物の日記、偶然出会った知合いの昔の姿…。
(ここまで偶然が重なれば、もう必然としか言いようがないじゃないの)
世紀の大発見に浮き足立つグリムを、暗澹たる気持ちで見つめることしかできなかった。




