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とある勇者の冒険譚1

陽光も差さない森の中、それはただただ我々を見下ろしていた。

銀糸の髪はどこまでも透き通り、金色の瞳はどこまでも冷ややかであった。

纏う空気は冷たく澄んでおり、それはまるで―


「月の女神…っと。ふう…」

肩に手を当てグルグルと回す。いつぞやのテレビで見た肩こりの解消法を何となく思い出す。

この世界に来て早10年。不慮の事故で死んで転生し、勇者として魔王を倒す旅に出るというテンプレな生活もとうに過ぎ、今は家事や仕事の合間を縫って執筆活動に勤しんでいる。

勇者の頃に目立っていた赤髪は、当時の仲間であった魔道士が変化魔法をかけたため茶色く、見る影もない。

ある程度したためた時、書いていた用紙が勝手に動き出し、ペコリとお辞儀するように曲がったかと思うと、忽然と虚空へと消える。

「今日のノルマは達成かな。それとも…」

「パパ~」

頭をひと掻きする。この原稿用紙は彼が元々居た世界とも、この世界とも異なる別の次元の世界の法則で生きている。存在ではなく、本当に生きている、のである。

執筆者と特定の読者以外の前には姿を現すこともなく、また執筆者が書けそうな事柄が起きた時に限ってひょっこり顔を出してくる。ただし紙なので、読まれることは好きだが空気を読むのは苦手らしい。

「どうした、アンナ」

燃えるような赤髪の幼女がパタパタと駆けてくる。

「虫さんが居るの。こわいよう」

「どれくらい大きい?」

「んっとねぇ…こんぐらい!」

手を目いっぱいに広げる。

「どこにいるんだ」

「お外!」

「そうか。ってことは…」

木戸が激しく叩かれる。さほど丈夫とは言えない戸が壊れんばかりに。

「魔物か…。絶対外に出るなよ。布団をかぶって耳を塞いで…」

「1人じゃやだよー」

「大丈夫。パパが行けばすぐに終わるさ」

表からは怒号が聞こえる。元勇者であることはこの街の人間は知らない。

ただ[槍使いがまるでなっていないけどやたら動きが早い門番]としての認識しかない。

念の為勇者の頃の相棒だった双剣を腰に下げておく。

「おうち壊れない?」

「守りの魔法陣は消えてないし、たぶん大丈夫かな」

「パパ…」

「敵襲!西の門へ急げ!!」

娘のか細い声に後ろ髪を引かれながら、元勇者は家を後にする。

「今夜は長くなりそうだな」


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