完成原稿と新人文学賞への道
石嶺総一は、自宅の机に向かってパソコンを開いていた。
ディスプレイには「最終稿」と名づけられた原稿ファイルが表示されている。
部屋は夜になっても熱気がこもり、冷めたコーヒーの苦い香りだけが広がっていた。
彼は深呼吸して、いつものラノベ風文体を維持しつつも要所で厚みを持たせる書き方を意識する。
ここまで、プロットはChatGPT o1 proで厳密に組み立て、実際の文章は手軽なo1で執筆してきた。
伏線やキャラの口調ブレを修正するたび、AIのレビューが矛盾を指摘したり的外れなアドバイスを出してきたりと、散々振り回された記憶がよぎる。
「よし、今日こそ全部書き上げよう。
あとは人間の手で仕上げるだけだ。」
小さくつぶやき、メガネのブリッジを直す。
ノートパソコンの隣には、佐久間海里から送られた赤ペンコメント入りのファイルも置いてある。
茶髪の短髪にスーツ姿が目に浮かぶ彼は、いつもの穏やかな言葉遣いで「ここは地の文を増やして場面を濃くしてほしい」と書き込んでいた。
「なるほど、ここはバトルシーンなのに描写があっさりしすぎたかな。
じゃあChatGPT o1に“この戦闘シーンをもう少し臨場感ある文章に”と頼んでみよう。」
さっそく総一は、プロンプトを組み立てる。
「さっきのバトル描写を強化したい。
主人公が敵の攻撃を切り抜けつつ、伏線で触れてきた力を解放する流れを入れて。
ラノベ風でテンポよく、地の文を増やして迫力を出してください。」
数秒の待ち時間の後、ChatGPT o1が章の一部を書き直してくれた。
文章は速いし、AIにしては悪くない。
けれども、そのまま使うとまたレビューで「内面が浅い」「文体が単調」と言われるかもしれない。
「仕上げは自分の手でやらないとね。」
そう言って総一は、新しい文面に自分なりの表現を加えていく。
キャラクターの動機をもう一段掘り下げ、過去の伏線をちらりと回想させ、緊張感を高める。
「これはなかなかいいかもしれない。」
やがて徹夜の末、最終稿がほぼ完成した頃、スマホに有馬真理恵からの着信が入る。
「総一さん、どうですか。
ついに仕上がりそうな予感?」
カフェでアルバイトを終えたらしい彼女の声はいつもどおり元気だ。
「もう少し。
でもやっと新人文学賞に出せるものになりそうだよ。
o1 proとo1を使い分けたおかげで、プロットと本文に矛盾が減ったのは大きいかも。」
「あ、大神さんが言ってましたよ。
最後のチェックは“編集者モード”にしつつ、絶対に自分の感覚を信じろって。
あの人らしいけど、私も同感です。
総一さんの味があれば、きっと大丈夫ですよ。」
「ありがとう、有馬さん。
じゃあ、最後にもう一回レビュー通してみるか。
AIがまた“文体がライトすぎる”とか“もっと深みを”とか矛盾を言うかもしれないけど、そこは自分で折り合いつけるよ。」
通話を切った総一は、画面に表示された最終稿をまるごとコピーし、ChatGPT o1の“編集者モード”へ貼り付ける。
すると、予想どおり辛口の指摘が並ぶ。
「クライマックスのセリフが平凡」「敵キャラの目的が伝わりにくい」など、どれも一理はある。
「わかったよ……でも全部には合わせないからな。」
苦笑いしつつも、いくつかは修正を加える。
例えばクライマックスのセリフを少し工夫し、敵キャラが抱える過去の因縁をさりげなく回想で補足。
再度文章を読み返すと、主人公の動機とクライマックスの熱さが少し増したように感じる。
何度も書き直した伏線も、無理なく回収できる手応えがあった。
「これならいける。」
明け方が近づくと、外は薄い青い光に包まれ始める。
総一は作品のファイルをまとめ、新人文学賞の応募フォームへアクセスする。
締切時間を思い出し、少し焦りながらも最終チェックを行い、提出ボタンを押す。
その瞬間、ほっとした表情が顔に浮かんだ。
これまでChatGPT o1 proとo1の両方で作り上げた物語だが、最後に判断したのは自分自身。
「これでようやく応募できた。
AIに助けられた部分は大きいけど、やっぱり人間だからこそ書けるものがある……か。」
そう口にして、彼は椅子を大きく軋ませながら伸びをする。
試行錯誤の連続だったが、今は達成感が体にじんわり広がっている。
そしていつものように、メガネの奥で光る目を細めた。
朝の日差しがカーテンの隙間から差し込み、部屋の埃が少し舞い上がる。
パソコンの画面には“送信完了”の文字。
ラノベ風で書きながらも、深みを求めて模索した作品は、果たしてどんな評価を得るのだろうか。
佐久間や有馬、そして大神たちに支えられながら投じた一稿。
総一は机に散らばるメモ用紙をそっと重ね合わせ、胸ポケットのペンをしまう。
コーヒーの残り香だけが立ち込める部屋に、ほんの少しだけ晴れやかな空気が広がっていた。