手探りの執筆とChatGPT編集者モードの洗礼
石嶺総一は、自宅の狭い部屋でパソコンを開きながら、小説の第一章をなんとか形にしようと奮闘していた。
ノートにはざっくりとしたプロットが走り書きされているが、なかなか場面ごとの肉付けが進まない。
昨夜からChatGPT 4oの力を借りて、章ごとに物語を組み立てようとしている。
しかし、出力された文章を読んでいると、終わりのフレーズが「物語はここで幕を上げる」「この章で幕が閉じる」といった形式的な表現ばかりだった。
「いや、これだと毎回同じ締めくくりになっちゃうんだよな。
せっかくアイデアは出してくれるのに、なんだか単調だ。」
彼はメガネのブリッジに指をかけて、小さくため息をつく。
黒髪の短髪が少し乱れているのは、何度も頭をかきむしったからだろう。
それでも文章を仕上げたい一心で、チャット画面に向かい合った。
「章の終わりに無難なフレーズをつけないでください。
もっと自由な展開で書いてください。」
そう入力すると、今度は違う言葉遣いで区切りを作ってくれたものの、どこか堅苦しい。
彼は「次の章へつながるワクワク感を出してください」と追加で指示を入れる。
すると、少し間をおいてから新しい文章が生成された。
――作中作(ラブコメの第二章)――
「朝のホームルームが終わるやいなや、真琴は慌ただしく教室を飛び出した。
胸の奥が妙にそわそわして、つい購買のパン売り場へ走ってしまう。
今日こそ、隣のクラスの綾人に会うためだ。
そして彼女は無意識のうちに、上履きのまま学校の廊下を駆け抜ける。
気づいたときには、彼と鉢合わせしてしまい、勢い余ってパンを落としてしまった。
まわりからは小さな笑い声が聞こえる。
恥ずかしくて仕方がないが、綾人はやんわり手を差し伸べてくれた。
真琴は頬を染めながら、その手を握る。
駆け抜けたあとの息が上がったまま、何を言うべきか分からない。」
「お、いい感じになった。
でもまだちょっと物足りないな。
ラノベっぽいといえばそうだけど、いまいち主人公の気持ちが伝わりにくいかな……。」
総一は首をかしげつつ、もう一つ別ジャンルの作中作を試しに作らせる。
今度はファンタジー寄りの冒険ものだ。
――作中作(ファンタジーの第二章)――
「暗い洞窟の奥から吹き荒れる冷たい風が、ラナの長い髪を乱す。
その手には古びた地図が握られている。
伝説の宝珠が眠るとされる遺跡は、この先にあるらしい。
剣を構えた仲間のフロウは、ラナを振り返りながら慎重に足を進める。
次の瞬間、足元から小さな魔物が飛び出した。
小石ほどの大きさしかないが、鋭い牙と血走った目が恐ろしい。
ラナはひるみかけたが、フロウが素早く剣を振り下ろし、魔物は一瞬でかき消えた。
二人は視線を交わし、さらに奥へと進む決意を固める。
地図に記された謎の文字が淡く光を帯び始めたような気がした。」
彼は眉を上げて、画面に表示された文章を一通り読む。
「さっきよりずっといいかも。
ただ、まだどこか表面的な感じがするな。
洞窟の臭いや、魔物の不気味さとか、そういう要素をもっと掘り下げたいかな。」
とはいえ、ChatGPT 4oがさまざまな場面を手早く提案してくれるおかげで、次々とストーリーの種が浮かぶのは事実だった。
総一はそれらをメモにまとめておいて、後から自分で加筆するつもりでいる。
そうした作業を続けているうちに、あっという間に時間が過ぎた。
気づけば夕方になり、肩こりをほぐそうと立ち上がったところで、ChatGPTに自分の小説をレビューさせたらどうなるだろうという発想が思いついた。
「編集者として、私の小説をレビューしてください」と入力してみると、さっそく真面目そうな口調で文章が返ってくる。
「あなたの書いたキャラクターはまだ動機が弱いように感じられます。
ストーリーの転が唐突で、読者がついていけない恐れがあります。
さらに心理描写が浅いため、登場人物の内面に深みを感じません。
全体として、もっと緊迫感を出したほうが良いでしょう。
ラブコメにおいてはキャラクター間の掛け合いが肝心ですが、会話が盛り上がりに欠けています。」
総一は思わず画面を凝視する。
「おい……これ、ほとんどお前が書いたやつじゃん。
ラブコメパートもファンタジーも、ベースは君が生成したでしょ。」
口には出さないまでも、心の中で思わずツッコミを入れたくなる。
しかし、指摘されている点が的外れではないのがまた悔しい。
もともとのプロンプトが曖昧だったせいかもしれないし、自分が加筆せずにそのまま表示させているのも原因かもしれない。
「でもChatGPTに編集者をさせるのは面白いな。
セルフ批評になってるわけだし、意外と客観的に見れるかもしれない。」
そう思い直して、総一はもう少し具体的な質問を投げてみる。
「それじゃあ、主人公がどんな動機を持てば自然に話が進むでしょうか。
あと、ラブコメの会話をもっとテンポよくするにはどうすればいいですか。」
返ってきたアドバイスは思ったより丁寧だった。
「主人公は、なんらかの目標や夢を抱え、それを達成するために行動を起こす設定が自然です。
ラブコメの場合、キャラ同士の掛け合いにユーモアやすれ違いを入れると盛り上がるでしょう。
会話の中に小さな誤解やドキッとする仕草を混ぜると、読者の興味を引きやすいです。」
総一はメモ帳に書き写しながら、素直に参考にしてみようと考える。
ただ、しばらく書き進めてからもう一度レビューを頼んでみたら、今度は「心理描写がくどくなっている」「ストーリー展開のテンポが悪い」といった正反対のコメントが表示された。
「それはちょっと勘弁してくれよ。
さっき深みが足りないって言ったばかりなのに、今度はくどいって……。
どっちが正解なんだよ。」
画面には淡々と文章が並んでいるだけで、当然答えなどない。
それでも客観的なチェックが必要だと感じている彼にとって、このChatGPTによる編集者チェックは使いどころ次第だと思えてきた。
自分の執筆に足りないところを突かれるのは厳しいが、それだけ学べることが多いのかもしれない。
とはいえ、総一の心には小さな苛立ちが残る。
「いや、ほんとに。
お前が書いた話だろ……」
つぶやいて、改めてパソコンの電源を落とす。
今日はここまでにして、頭を冷やそうと考えながら、彼は窓の外のオレンジ色の空を眺める。
その先には何か手がかりがあるのだろうかと思いつつ、背伸びをしてひと息ついた。