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作戦会議

 高校入学から早二週間。

 最初こそ慣れずに戸惑うことも多かった学校生活も、最近は少しずつ馴染みつつある。

 そんな中、授業を終えての放課後。


「じゃあね」


「ばいばーい」


 クラスメイト達は、一目散に教室を後にする。

 部活動への体験入部。

 友達とどこかへ遊びへ。

 職員室に行き、先生に勉強を教えてもらいに行く人とかもいるかもしれない。


 そして、教室には僕と……彼女だけが残った。


「ようし、じゃあ作戦会議をしようか! 青山君!」


 快活な声で、和久井さんが言った。

 僕達は向かい合うように椅子に腰掛けた。

 机の上には、僕の方を前にして、ノートが一冊開かれていた。


「それじゃあ、次のコラボ、何をするか決めよう」


 楽しそうに和久井さんが言った。


「本当にいいの?」


 そんな彼女の興を削ぐように、僕は尋ねた。

 

「僕なんかと、またコラボするだなんて……」


「もうー。またそれー?」


「……だって」


「だっても何もないよ。動画の再生数とかちゃんと見てる? 最近の動画で、君とのコラボ回が一番の伸びなんだよ?」


 そうだったのか。

 毎朝、件の動画の再生数は確認していたが……彼女の他の動画にまでは気を配っていなかった。


「あたしにとっても、君とのコラボはプラスなの。だからやるの! やるったらやるの!」


「……わかった。やろう」


 駄々をこねる子供のように、最終的にはゴリ押しで、和久井さんは僕に迫った。


「まー、こうやって作戦会議をしようって言っても、結局決めることって何を歌うか、くらいだよね」


 仕切りなおすかのように、和久井さんは笑った。


「そうだね。でも、だったらどんなジャンルの歌を歌うのがいいだろう?」


 前回は……僕の1stシングルを歌った。

 当時、八歳だった僕が歌った曲であることからもわかるように……歌詞は少し大人びているものの、あれは分類的にはポップシングだろう。

 今回もまた、同じ路線で攻めるか。どうするか……。


「適当に誰かの曲をカバーするでも良くない? ほら、皆がカバーしまくって、カバー過多な曲とかあるじゃん! あれとかどう?」


「悪意ある君の言い方に該当する曲を一曲思いついたけど……その歌は嫌かな」


「えー。なんでー? あたし、君があの曲歌うところ、見てみたいけどなあ」


「目新しさがないだろう」


「……目新しさ?」


「うん。そんな誰も彼もカバーしている曲を歌うのってさ、もはや自分が推している人が歌っているからこそ興味をそそられるもんでしょ? 僕は、今やそういう推されるような対象ではないし……何より顔出しもしていない僕が、あの曲を歌って注目を集めるのは厳しいよ」


「……青山君」


 和久井さんは目を丸くしていた。


「結構、しっかり考えているんだね」


「……当然だろう。君のチャンネルの名義を借りて歌うんだぞ? 半端なものは出せない」


「……この前は、僕とコラボする価値がないことをわからせるためにコラボしてやるだなんて言っていた癖に」


 ……それはそれ。

 これはこれ。


「と、とにかくっ、折角コラボするなら、オリジナリティがあって、皆の注目を集めやすい曲にしようよ」


「たとえば?」


「……そうだねぇ」


 僕は顎に手を当てて、考えた。


「……オペラ、とか?」


「えー? つまんなーい」


「一演奏家として、あるまじき発言をしたぞ。君は」


「……オペラなんて長尺過ぎるでしょ。しかも、二人でやることじゃない」


 ……まあ、そうだろうなあ。

 提案しておいてなんだか、多分彼女がオペラに乗ってきたら、僕は全力で拒否をしていた。


「青山君ってさ、意外とJ-POPとか聞かない?」


「ん?」


「いやあ、なんだか……思えば、いつもJ-POPを歌ってきた人なんだけど、凄い似合わないなあって」


「酷い言い草」


 ただ、まあ……。


「正直、あんまり聞かないね。クラシックとかの方が好きかな、僕は」


 最近だと、フォーレのシチリアーノとかを、寝る前によく聞く。


「……へー」


「逆にクラシックを日ごろ弾いてそうな君が、そういう顔をするんだね」


「んー。弾く分には面白いんだけどねえ」


 和久井さんは俯いた。


「昔ね、クラシックを聞きに両親と出掛けたんだけど……あたし、退屈すぎて寝ちゃってさあ。しかもいびきを掻いて。叩かれて起こされるは、額が痛いわ……本当、散々だった」


「自業自得じゃん」


 なんで和久井さん、今、自分に非はないみたいな口ぶりで話しているんだ……?

 まあ、いいか。


「それじゃあ、君の希望はJ-POPのカバーってことでいい?」


「……うーん」


「違うの?」


 てっきり、ここまでの流れで間違いないと思ったんだが。


「……ねえ、青山君」


 ……あ。

 約二週間、和久井さんに散々絡まれて気付いたことがある。


 和久井さんは、碌でもないことを考えている時は……まず、どっかの豆の柴犬のように、ねえ、と僕に呼びかけてくるのだ。


「どうせならさ、二人で作詞作曲した曲を演奏しようよ」


「却下」


「えー。早いー」


「面倒臭すぎ。二ヶ月後にはテストもあるんだよ?」


「あたしは大丈夫だもん」


「……そうなの?」


 ……まあ、本人が大丈夫と言うなら大丈夫なんだろう。


「ねー……だめ?」


「一回新曲を出すと、次のコラボでも新曲を出さなきゃいけなくなるよ?」


 言ってから思った。

 さっきまで僕は……和久井さんとのコラボは前回きりだと思っていたのに、今ではもう、次のコラボのことを考えている。


「大丈夫!」


「その自信はどっからくるのさ」


「だって青山君、作詞の経験はもうあるでしょ?」


「……まあ」


 3rdアルバムの七曲目。

 確かに、和久井さんの言う通り、僕はそのアルバムで人生初の作詞を経験した。製作期間は一か月半くらいだったか。


 それにしても……。


「よく知っているね。そんな昔のこと」


「もー。当然じゃん」


 当然……では、多分ない。

 ただまあ、そこは一旦置いておいて。


「僕はやろうと思えば何とかなる。でも、君は大丈夫なの?」


「大丈夫!」


「凄い自信」


 そこまで言うなら、一回くらい新曲を作ってみてもいいかもな。


「わかった。やってみよう」


「わー! ありがとう! 青山君!」


 こうして、僕達は二人で新曲を作り、次の動画を投稿することになったのだった。

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