次の曲
朝、いつもより少しだけ早い時間に目を覚ました。
ベッドで眠い目をこすりながら、僕が真っ先にすることは有名動画サイトのアプリを開くことだった。
そして、先日高評価を押した動画を開き……。
「うわあ、また伸びてる」
僕は動画の再生数を確認するのだった。
開いたチャンネルは、ワクテカチャンネル。同じクラスの同級生が運営するチャンネルだ。
最近の僕は、目覚めるといつもこの動画の再生数を確認している。
同級生の人気ぶりに目を見張るために、こうして毎朝この動画を覗いているわけではない。
この動画を僕が毎朝見る理由。
それは、この動画に他でもない、僕自身が出演しているからだ。
これでも僕は、数年前までは天才歌手として世間を賑わせた男。
しかし、変声期を期に、僕の歌手としての人気は低迷。最終的に僕は歌手活動を辞めて、今に至っていた。
とはいえ、内心ではまだ……歌手に対する未練があり。
『青山君は……。青山君の本心はどうなのよ』
その未練を、僕が彼女に見破られたのだ。
迷いながら。
心を震わせながら。
色々な気持ちを乗せて歌ったこの曲は……世間では、ある程度人気を博してくれたらしい。
「……久しい感覚だ」
僕はスマホをスリープにして、足をバタバタさせた。
本当に、久しぶりの感覚だ。
声変わりをして以降、僕の曲の売り上げは右肩下がりだった。通販サイトのレビューも、売り上げに比例して減っていたし、こうしてたくさんの人に目にしてもらったと実感する機会がめっきり減っていた。
故に、こんなにも子供じみた反応を、今、僕は見せていた。
まあ、ここは自分の部屋で、僕のこんな所業を見れる輩もいないだろうし……ちょっとは大丈夫だろう。
「純、早朝なんだし、もう少し静かにね」
「……ごめん。父さん」
僕が騒がしいばかりに、部屋に父がやってきて……僕は平謝りすることになるのだった。
「行ってきます」
「いってらっしゃい。車に気をつけるんだよ」
父に見送ってもらい、僕は家を出た。
電車に乗りこみ、一時間の長旅の間……僕はスマホで、またさっきの動画を見ていた。
耳にはイヤホン。
手は、スマホの画面をスライド。
『相変わらず和久井ちゃんの演奏うますぎ!』
見ていたのは、この動画のコメント欄。
『歌っている人もめっちゃ上手い! どこかの歌い手かな?』
『和久井ちゃんかわいい! 指しか見えないけど』
『JKのエネルギーをもらおうと思っただけなのに、演奏に涙を禁じえない』
たくさんのコメントが、この動画には寄せられていた。
『コラボ相手、聞き覚えある気がするけど、誰だろう???』
とりわけ目に付いたのは、コラボ相手の素性を探るようなコメント。
このコメント欄の反応を見ていても、多少は僕の歌も……和久井さんの演奏に負けず、皆の心に響いたということか。
……声変わりを迎えて。
人気が低迷して。
母を失って。
僕を軽んじた人達を、見返してやりたいという気持ちに気付かされた。
少しは、この動画を通じて……僕は当時、僕を軽んじた連中を見返すことが出来ただろうか。
「……和久井さんのおかげだな」
人気の少ない車内。
僕は苦笑しながら呟いた。
出会った当初は。
コラボに誘われた当初は……あれだけ避けていたというのに。
結局僕は、和久井さんのおかげで救われたのだ。
……彼女の誘いに乗って本当に良かった。
彼女とコラボ出来て、本当に良かった。
……こんなことなら、もっと噛み締めながら歌っておくんだった。
彼女と奏でたあの曲を。
僕はわかっていた。
多分、彼女が僕ともう一度、一緒に曲を奏でたいだなんて言う筈がないって。
『だから、わからせようと思ったんだ。実際に歌ってみせて』
だって、折角誘ってくれたというのに、僕はあんな酷い態度を彼女に取ってしまったんだから。
僕が逆の立場なら、絶対に誘うことはない。
こんな根暗で陰険で、自信も皆無な男なんて……あの一回のコラボだけでお腹いっぱいだよ。
……だから、これ以上、僕も高望みはしない。
ただ、せめてお礼を言って終わらせよう。
多忙な身にも関わらず、相変わらず和久井さんは無遅刻無欠席を続けている。
多分、今日もクラス一早く教室にいることだろう。
きっとこの時間なら、和久井さんと二人きりになれるはず。
電車から降りて。
学校にたどり着き。
教室の前……。
「あ、青山君!」
教室に入ると、和久井さんがいた。
楽しそうに、微笑みながら……イヤホンを外して、小走りに僕の方に駆け寄ってきた。
「どしたの、今日は早いね?」
心配そうに、和久井さんが僕を見る。
「……和久井さん」
僕の声は、何故か上擦った。
ただお礼を言おうと思っただけなのに。
ただ、コラボ楽しかったと伝えようと思っただけなのに……。
何故か、僕は緊張をしていた。
「ありがとう」
「え?」
「ありがとう。不貞腐れた態度をとったにも関わらず、コラボをしてくれて。本当にありがとう」
頭を下げた僕は、どうしてか顔を上げるのを躊躇った。
恥ずかしかったのだ。
「これから僕……がんばってみるよ」
「……」
「また、歌、がんばってみる」
「……本当?」
「うん」
絶対、見返してやると決めたから。
僕を軽んじた人達を……。
「そっか」
和久井さんが安堵の声を漏らしたから、僕はゆっくりと顔を上げた。
和久井さんは、目じりに涙を蓄えていた。
「ごめんね。辛気臭い場面じゃないのに」
「……ううん」
こういう時、明るい性格の人間なら、彼女に慰めの言葉の一つでもかけられたのだろうか?
……少し、自分が嫌になる。
「うん。がんばってね、青山君。あたし応援してる」
「ありがとう」
「うん。……うんっ!」
和久井さんは嬉しそうに微笑んで頷いた。
そして……。
「それじゃあ、次は何の曲一緒に演奏しようか」
彼女は、僕なんかに再び……コラボの提案をしてきたのだった。
皆さんに言いたいことがある。
こんな話読むよりも、ちゃんと寝ろ?
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