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諦め

 怒りに駆られて暴れかけるところだったが、クラスメイトの目に気付いた僕は、和久井さんの下を離れた。

 そこからは、周囲もいつも通りの一日を過ごしていったのだが……僕の心はざわついたままだった。


 ただ、時間が経てば経つほど、怒りの感情は薄れてきていた。

 なんだか全てがどうでも良く思えてきたのだ。


「青山君」


 放課後、教室を去ろうとした僕に近寄ってきたのは、和久井さん。


「この後、ちょっといい……?」


 凛とした顔で、和久井さんは尋ねてきた。


 ……どうして。

 最低な所業じゃないか。

 僕の了承も得ず、コラボの告知だけ勝手にするだなんて。

 

 なのに、どうしてそんなに堂々としていられるんだ。


 僕は彼女の後に続き、教室を後にした。


「コラボなら受けないよ」


 廊下。周りに誰もいないことを確認して、僕は言った。

 そもそも、いくら彼女が僕とコラボする前提であの告知をしたとしても……承諾前に勝手に告知したのだから、僕がそれに応じる必要はない。


「君なら、あの告知の後でも、有名歌手とコラボの約束くらい、何とかなるでしょ?」


 それだけの高い実力を、昨晩聞いた彼女のピアノ演奏の動画から、僕は感じ取っていた。


「あはは。やっぱりそう言うかー」


 まるでわかっていたかのように、彼女は苦笑しながら頭を掻いた。

 

 ……そういえば、昨日の告知動画では、誰とコラボするかまでは発表していなかった。

 彼女なりに、承諾なしでのコラボ告知はリスクがあるとわかっていたのかもしれない。


「……ねえ、青山君。どうしてそんなに歌うことを拒むの?」


 ただ、彼女はまだ……僕とのコラボを諦めていないらしい。


「説得しようとしたって無駄さ」


「説得じゃない」


 和久井さんは語気を強めた。


「知りたいの。あなた、昔はあんなに楽しそうに歌ってたじゃない。どうして今は……そんなに歌うのを嫌がるの?」


 ……どうして、僕が歌を歌うのを嫌がるか、か。


「……知っているんじゃないの?」


 僕は彼女を睨んだ。


「もう七年前のことなんだ。神様が与えた美声だなんて言われて、僕の歌声が持て囃された時のことは。普通の人だったら、このクラスの連中みたいに、僕の顔はおろか……名前だって忘れていて当然なんだ。それくらい、コンテンツの消費速度は今の時代速いんだ」


「……」


「なのに君は……名前を聞いただけですぐに確信していた。前髪を上げれば、顔立ちも一緒だと見抜いてみせた」


「……それは」


「君は僕のことを知っている。それも昔だけの話じゃない。最近の僕のことも、全部知っているんだろ?」


 なるべく平静を装うつもりだったのに、言葉にすればする程、怒りが募ってきて……僕は拳を固く握り締めた。


「それなのに君は、白々しい態度をずっと続けているんだ……」


「違うよ」


「何が違う?」


「……全部は、知らない」


 観念したのか、和久井さんは顔を歪ませた。


「でも……ある程度は知っている」


「……」


「……昔は飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍を続けていた君が、ある日を境に一気に人気を落とした。シングルも売れなくなって、半年前に事務所も退所。……人気低迷の理由は、声変わり」


 ……そうだ。

 僕が歌手としてデビューし、最年少レコ大新人賞を獲得したのは、八歳の頃。まだ声変わりが始まる前だった。


 昔から少年歌手には切っても切り離せない話なんだ。

 変声期の問題は。


 ただ、歌手本人の売り方によっては、ある程度ファンから変声期を受け入れてもらえる場合もあるけれど……僕は声変わり前の声をアピールポイントにしていたせいで、変声期の影響をモロに受けてしまった。


「そこまで知っているなら、どうして死体蹴りみたいな真似をするんだ」


 変声期を迎えて以降の僕の歌声は、世間では受け入れてもらえなかった。


 声変わり前は絶賛ばかりだったネットの声が、声変わりを期に賛否に変わった。

 本当に、色んなことを書かれたものだ……。

 

『初めからこいつの歌がうまいと思ったことがなかった』


 本当に、色々……。


『年齢ブランドで売れただけじゃん。今後大人になるほど売れなくなってただろうし、丁度良かったんじゃね』


 これだけ叩かれた僕を、彼女はまた歌手の道に戻そうとしているのだ。



『なんで声変わりしなくなる手術受けなかったの? 今の声に魅力皆無』



 ……これが死体蹴りでなくて、なんだって言うのだ。


「……あたしは、君の歌声が好きだった」


「昔の、だろ……?」


「……違う」


 和久井さんは俯き、声を震わせていた。


「あたしは今の君の歌声が好きなの」


「……まさか。ありえないね」


「嘘じゃない!」


 和久井さんが僕をこれでもかと睨みつけてきた。


「あたしは君の今の歌声が好きだった! だから君にコラボのお願いをしたの! 君とコラボをしたいと思ったの!」


 和久井さんの剣幕に、……一瞬、彼女の言っていることが本当なのではないかと錯覚した。

 でもすぐに気付いた。

 そんなはずはない。

 何より、彼女の卓越したあの演奏を聞いたからこそ、そんなはずはないと確信出来た。


 あれ程の演奏者が……今の僕の歌声を評価してくれるはずがないんだ。

 だって今の僕の歌声は、素人一人、認めさせることが出来ないのだから。


「……わかった」


「……え?」


「わかった。コラボ受けるよ」


 抑揚のない声で、僕は言った。

 

「……わかってくれたの?」


「違う」


 僕は首を横に振った。


「君にわからせようと思っただけさ。今の僕なんかとコラボする価値なんて一切ないって」


 和久井さんは呆気に取られた様子だった。


「どうせ君は……これ以上、言い合ったって、自分の意見は絶対曲げないだろ?」


 多分、今の僕の顔は相当酷いものだっただろう。


「だから、わからせようと思ったんだ。実際に歌ってみせて」


「……そんなの」


「ただ、せめてものよしみで顔出しはさせないで。その条件が呑めるなら、コラボしよう」


 捲くし立てて言った後、僕は和久井さんの顔を覗いた。

 和久井さんは、不愉快そうに顔を歪めていた。


 まるで……。


 そんなのあたしは望んでいない。


 とでも言うように……。

 自分の望み通りになっていない状況に……彼女は、顔を歪ませているように見えた。


「わかった」


 しばらくして、和久井さんは頷いた。


「じゃあ、さっさと撮っちゃおう。これからウチ来てくれる?」


 和久井さんは呆れた口調で言った。


「うん」


 僕は、和久井さんの後に続いて学校を出た。

 ふと気付いた。

 ……そういえば、こうして学校帰りに誰かの家に行くの、初めてだな。

未だに新しいなろうのフォーマットに慣れない。

でも俺知ってるんだ。

ずっと投稿続けてた人は、もう『新しいなろうのフォーマット』とは言ってないんだって。


そうか。これが竜宮城から帰還した浦島太郎の気持ちなのか

今なら日本昔話に出れる気がする


は?


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