重大告知
悶々とした気持ちを抱えながら、僕は帰路に着いた。
考えていたことは、コラボの提案をしてきた和久井さんが何を考えて、そんな提案を持ちかけてきたのか、ということだった。
ただ当然、いくら考えても彼女の真意なんて知りようがなくて、僕は考えるのを諦めた。
「……ただいま」
家に到着すると、僕は言った。
「おかえり。夕飯食べるかい?」
「うん」
リビングからひょっこり顔を出してきた父に、僕は笑顔で頷いた。
玄関の棚に置かれた母の写真にも、僕はただいまと言った。
「今日は遅かったね」
「うん。……友達と、ちょっと遊んでてさ」
良心の呵責が痛んだ。
ただ……父を安心させるには、少しの嘘くらいつき得だと思った。
「本当? それは良かった」
父は、心の底から喜んでいるようだった。
「お父さん、実は結構心配してたんだ。中学みたいに、君が辛い想いをしなければいいなって」
「辛い思いなんてしてないよ。……まあ、確かに周囲からいびられることはあったけど」
僕は苦笑して続けた。
「あれは……スキンシップの延長だよ」
多分。
心の奥底では、そんなこと微塵も思っていないけれど……そう思って自分を納得させた。
「友達とはどんな場所へ行ってきたんだい?」
「え?」
「……え、どこに遊びに行ったのかなって」
「……あ。あー……」
「……どうかした? もしかして、嫌なことでもあった?」
「ち、違う違うっ。そういうわけじゃないんだ」
……ただ、どう嘘を付こうか迷っただけだ。
「ボーリングに行ってきたよ。皆上手くてびっくりした」
「そうか。思えば昔から、純をそういう場所に連れて行ったことなかったよね」
「……別に、それを嫌だなんて思ったことなんて一度もなかったよ?」
そう、ただの一度も……。
当時の僕には、歌があればそれだけで良かったんだ。
父と談笑しながら夕飯を食べて、風呂に入って、自室へ。
「ふう」
深い深いため息を吐きながら、ベッドにダイブした。
……何だか勉強をしている時より、父と話している時間の方が疲れる気がするのは気のせいか?
スマホのUSB端子に充電ケーブルを突き刺して、枕元に置いた。
仰向けに寝転がり、天井をぼんやりと眺めていた。
「今日は色々あったな」
父とたくさん談笑したこと。
慣れない授業。
そして何より……。
「絶対、あいつの動画になんて出てやるもんか」
右腕で両目を覆いながら、僕は呟いた。
……一応、釘は刺したけれど、明日もまた和久井さんは僕を勧誘してくるのだろうか?
わからない。
考えたくない。
僕は枕元に置いていたスマホを手に取って、スリープ状態を解除した。
疲労を感じた時には……スマホで音楽を聴くのがお決まりだった。昔からそうだった。そのお決まりのせいで、僕は歌手になってしまったのだ。
嫌なことを忘れるために、僕は有名動画サイトを眺めていた。
何か、良い音楽はないだろうかと探していたのだ。
「げ」
思わず、僕は顔を歪めてしまった。
某動画サイトで僕が見つけた音楽動画は……。
『ワクテカチャンネル』
「実在したのか。一昔前のネットスラング系音楽チャンネル」
というか、この名前を初めて見た人は、この動画が音楽系の動画だとは思わないだろ。
サムネイルには鍵盤と曲名、作者名が書かれているものの……サムネ詐欺の匿名掲示板のまとめ動画に間違われることも少なくなさそうだ。
「でも……それでも登録者数百万人を超えているもんだもんなあ」
大したもんだ。
……ふと、好奇心が沸いてきた。
どんな好奇心かと言えば、話題先行で僕とのコラボを提案してきた少女が、これまで一体どんな演奏をしてきているのか、というものだった。
好奇心のまま、僕は彼女が二日前に投稿した動画をタップした。
曲は、最近リリースされたばかりのJ-POP。オリコン週間ストリーミングランキングでリリース初週一位を飾っていたはずだ。
「確か、ドラマのタイアップだったかな」
暗転の後、画面に表示されたのは……白と黒の鍵盤、細い女性の指。
「……情報量の少ない動画だ」
ピアノ演奏系の動画といえば……勝手にイメージだと、女性演奏家の全身が映し出されているケースが多い気がしていた。時代にそぐわない考え方だが、やはり性的意識をさせた方が動画も伸びやすいのだろう。
でも、このチャンネルの動画は……性的意識など駆り立てる要素の一切ない。
まるで、あたしの音楽だけを聴けとでも言っているかのような。
自信と。
勇気と。
強い意志を兼ね備えた動画のように感じた。
彼女の指が鍵盤に触れた途端、
「……うわぁ」
僕は、ただただ圧倒された。
時には優しく。
時には悲しく……。
時には、大迫力で。
彼女の思うこの曲の想い。魅力を全力で表現しきった五分間だった。
しばらく僕は、何も出来ずにいた。
次の音楽を流すことも。
スマホから手を離すことも。
立ち上がることも。
何も出来ずに……再生終了した動画だけを眺めていた。
これだけの演奏が出来て。
これだけの表現力があって。
これだけの……実力があって。
「なんで……僕なんかとコラボしたいだなんて提案してきたんだよ、あいつ」
僕は、先ほど和久井さんにした自分の発言を悔いた。
これじゃあ僕は……裸の王様だ。
『確かに……昔はそれなりに有名だった僕とコラボをすれば、少しは再生数も稼げるかもね』
コラボなんて必要ない。
彼女に、僕なんかのコラボなんて必要ない……っ!
これだけの演奏、表現力、実力があったら、自ずと再生数だって伸び続けるに違いない。
……でも、だったら。
だったらどうして、僕にコラボの提案なんかしてきたんだ……?
「というか、赤井君は彼女の実名も年齢も知っているって話だったけど、この動画だけだとわからなくないか?」
僕はようやくスマホを操作した。
そして気付いた。
どうやら彼女は、生配信なんかも時々やっているようだ。
生配信の時は、雑談なんかも交えながら演奏をしているようだ。
そして、カメラの位置も鍵盤の真上ではなく、引きで撮っているような時もあるらしい。
「ん?」
というか、現在進行形で彼女、生配信をやっているじゃないか。
動画のサムネイルは……。
『重大告知』
その動画を見た翌日のことだった。
いつもより少しだけ早く学校を出た僕は、大またで通学路を歩いて、学校にたどり着いた。
教室は既に騒然としている。
でも、そんなこと今の僕には関係なかった。
思えば、初めてだった気がする。
この教室内で、自席以外の席に近づくのは。
「おいっ!」
既に登校してきていて、女の子と話していた和久井さんに、僕は血相を変えて迫った。
「あっ、青山君!」
朗らかな笑みを浮かべる和久井さんに、
「なんだよ、これ!」
僕はクラスメイト達をドン引きさせるくらいの大声で叫んだ。
僕の手にはスマホ。
そして、そのスマホの画面には……昨晩の彼女の生配信のアーカイブのサムネイルが写っていた。
『ここで重大告知です。近々あたし、とある方とコラボをすることに決まりました! うぇーい。ぱちぱちぱちー』
「……見てくれたんだ」
和久井さんは、何故か少し嬉しそうだった。
「これ……これはっ!」
怒りを静めようとするが、堪えきれず怒鳴り声を上げる僕の声を妨げて、
「君のことだよ、それ」
凛とした態度で、和久井さんは言い放った。
「コラボしよ。青山君」
和久井さんのあまりに強引な手法に、手を出さないように堪えるので、僕は精一杯だった。
承諾なしでコラボ発表はまずいって!
と、思いながら書きました。
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