勧誘
夕暮れ沈む放課後。
入学式の翌日から始まった通常授業も始まり、今日で丁度一週間が経とうとしている。
「ねー。今日はどこの部活に顔出ししてみる?」
来週には一年生に向けて、上級生からの部活紹介が予定されているが……数人のクラスメイトは、個々人で体験入部などをして、どの部活に入部するか決めようとしているようだ。
「ねえ、和久井さんはどの部活に入るの?」
そんな中、和久井さんと仲の良いグループの女子一人が、和久井さんに尋ねた。
途端、放課後ということもあり浮かれていたクラスメイト達に緊張が走った。どうやら皆、和久井さんと同じ部活に入部したい、だなんてミーハーチックなことを考えていたらしい。
「え? あたし? あたしはもう決まってるよ」
もったいぶるように、和久井さんが言った。楽しそうな声色をしていた。
「えー、どこ?」
「帰宅部」
「おうい!」
和久井さんと、ツッコミを入れた女子が楽しそうに笑い出して……クラスメイト達は下校を始めた。
そんな中、クラスメイトが手を止めている間も下校準備を整えていた僕は、一足先にカバンを持って教室を出た。
帰りの挨拶は誰にも交わさない。
仕方がない。
クラスに友達はいないし、何ならちょっと……結構浮いているし。波風が立つような結果にだけはしたくなかった。
「あ、青山君! ちょっと待って!」
僕の帰宅に目ざとく気付いた和久井さんの大きな声が聞こえたが……僕は無視を決め込んだ。
……何で?
今日までの一週間は、うざ絡みをしてくるのは教室にいる間だけだったじゃないか……っ!
遂に放課後まで、僕のプライベートタイムを奪うつもりか、あの女は。
このまま校門へ一直線で向かうと、追いかけてきた和久井さんに捕まる気がして、僕はしばらく校内で時間を潰すことにした。
とりあえずトイレの個室に篭り、どこで時間を潰すか考えた。
「……ここでいいんじゃね?」
僕に電流が走った。
ここなら女性禁制だし、スマホを弄っていれば時間も潰せる。
なんということだ。
僕って……天才か?
自分で自分が怖いよまったく……。
「うわー、トイレトイレー! でかい方ー!」
そんな僕の妙案は、一瞬で頓挫した。
「うわあ! 個室埋まってるー!」
外から大きな……悲痛の叫びが聞こえてきた。
僕は個室の扉を開けた。
「ど、どうぞ……」
「えっ、いいの!? サンキュー!」
僕はトイレを後にした。
……さて、どうしようか。
そうだ。
僕は図書室へ向かうことにした。図書室なら、本を読めば時間も潰せるし、和久井さんみたいな能天気で騒がしい女(悪口)は近寄らないだろうし、今の状況ではうってつけだ。
まさか、僕がここまで機転が利くとは。いやはや、自分で自分が怖い……。
悦に浸りながら、僕は図書室へ足を踏み入れ……。
「ぎょっ!」
そして、ぎょっとした……いいや、言った。
「待ってたよ、青山君」
目が悪くて気付くのが遅くなったが、図書室の扉の前で、女の子が一人仁王立ちしていた。目を凝らしてよく見ると、その女の子は和久井さんだったのだ。
「なんでここが」
「下駄箱行ったら、靴が残っていたからまだ校内にいるなって思って。じゃあどこかなって思ったら、時間を潰せるここかなって」
「か、かしこい……」
「それじゃあ、ここは騒げないし、教室に戻ろうか」
「え、やだ」
「駄目。罰だから」
「何のさ」
「あたしから逃げた罰」
自己中心的な物言いすぎる。
文句の一つでも言いたくなったかが、和久井さんが僕の腕に手を回してきた結果、動転してしまい文句を言う気も削がれてしまった。
「じゃあ、単刀直入に聞くね」
教室。対面に座る和久井さんにまっすぐ見据えられながら続けられた。
「青山君って、青山純君でしょ」
「だから違うって」
僕はうんざり顔で言った。
「この前も言ったじゃないか。僕はその青山君とは同姓同名。別人なんだってば」
しかめっ面でこの前の言い訳を繰り返す僕。
和久井さんは、僕に顔を近寄らせた。
「な、何を……」
頬が染まる僕に、更に和久井さんは顔を寄せてきて……思わず、僕は目を閉じてしまった。
額に誰かの手のひらのぬくもりが伝った。
パッと目を開けると、和久井さんが僕のぼさぼさにセットした前髪を上げていることに気付いた。
「ほら! 髪を上げたら青山君本人じゃん!」
和久井さんは、興奮気味に言った。
「やっぱり! やっぱりだ! うわあ、本物だ! 本物だぁ」
……中々、おかしな絵面だと思った。
「あ、あのね……。あたし、あたしね……君の曲、ファーストシングルから全部買っててね? ああもうっ、言いたいことが全然まとまらない」
登録者数が百万人を超え、会った相手を歓喜させる立場である彼女が、僕なんかの存在に気付いてこんなにも歓喜するだなんて。
「……僕なんかに会えただけでこんなに湧き上がるだなんて、馬鹿みたいだ」
そうだ。
おかしい。
この人はおかしい人なんだ。
「もう、七年前のことだよ?」
僕が人気だった頃……。
八歳で史上最年少レコ大新人賞を受賞し、天才歌手だなんて持て囃されていた頃……。
「まだたった七年前だよ?」
「コンテンツの消費が早くなったこの時代に七年は……昔も昔、大昔だよ」
……本当に、恨めしく、恐ろしいくらい、現代のコンテンツの消費速度は早い。
僕みたいな存在なんて、あっという間に、一瞬で忘れ去られるくらい……早いのだ。
「だから、クラスメイトに自分の正体を隠したの?」
和久井さんは寂しそうな声で続けた。
「ねえ……青山君は、どうして歌手、辞めちゃったの?」
……どうして僕が、歌手を辞めたのか?
まったく。
中々に不毛な質問をする。
「……売れなくなったから。それだけだよ」
「……」
「君もわからないはずないよね。どんな世界だってさ、最後は実力が物を言うんだよ」
そう、実力が全てなんだ。
「僕には実力がなかった。だから事務所から契約を打ち切られた。個人で仕事を取ってくる伝手は僕にはない。だから辞める他なかったんだ」
そう、それだけ。
僕が歌手を辞めた理由なんて……たったそれだけのことなんだ。
「……あたしは」
重々しい雰囲気の中、和久井さんが口を開いた。
「あたしは、昔の青山君の声も。今の青山君の声も……好きだよ」
「……そっか」
僕は立ち上がった。
もう、この教室にも……和久井さんにも、用はなかった。
「ねえ、青山君」
しかし、どうやら和久井さんはそうではないらしい。
「もう君と話すことは何もないよ」
僕は突き放すように言った。だけど、その言葉に嘘偽りは一切ない。
実際……もう、何も用はないんだ。
もう、彼女もわかったことだろう。
昔の僕と今の僕が違うことは。
「……あたしはあるよ」
これだけ突き放すような言い方をしたにも関わらず、和久井さんはまだ諦めていないようだった。
「青山君、あたしとコラボしてみない?」
そして、和久井さんは提案してきた。
「あたしのチャンネルでさ。あたしが君の曲をピアノで弾いて、それを君が歌う」
想像もしていなかった提案を……和久井さんはしてきたのだ。
「どうかな?」
「ないね」
即答だった。
「確かに……昔はそれなりに有名だった僕とコラボをすれば、少しは再生数も稼げるかもね」
落ちぶれた歌手とのコラボとか一定の興味関心は惹けるかもしれない。
「でも、おすすめはしない。僕の性格を考えたら、顰蹙を買う可能性のほうが高いと思うよ」
話題先行、再生数優先のやり方では固定客は付かない、と誰かの動画で見たこともある。しかもコラボ相手の僕の性格を考えたら……むしろアンチの方が増えそうだ。
……ただ、なるほど。
入学以降、彼女がどうして僕に近寄ってきたのか、わかった気がした。
「そういう勧誘目的なら、僕は絶対にうんとは言わないよ。今後はもう止めてね」
「……あ」
「じゃあね」
僕は教室を後にした。
アニメとかこの小説とか見てると、インフルエンサーになるの簡単じゃんって錯覚するよな。
誰か俺に富、名声、力をくれ。
この世のどこに置いてきたんだ……?
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