始めた理由
「はー食べた食べた!」
ネオンが光る街を歩きながら、和久井さんは少し膨れたお腹をパンパンと叩いていた。
先程の喫茶店で食べたパフェで、相当お腹が膨れたらしい。
「甘ったるかった」
「あれ、青山君。甘いの駄目だった?」
「……そんなことはなかったはずなんだけど」
多分、あのお店の雰囲気に当てられて……。メルヘンチックなあのお店の雰囲気は、僕みたいな陰キャにはちときつかったのだ。
……しかし、何故だか僕のような風貌のお客が多かったように思えたのは、気のせいか?
「ねえ、ちょっと一駅分歩かない?」
唐突に、和久井さんが提案してきた。
「え、なんで?」
「言ったでしょ? お腹膨れちゃって。食後の運動」
「……あー。なるほどね。確かに、あんなに高カロリーそうなもの食べたら、少しくらい運動しないとね。太っちゃう」
「太らないよ?」
「え……? いや、太るでしょ」
「太らないよ?」
……今の和久井さんには、有無を言わさぬ迫力があった。彼女は基本、ヘラヘラした顔を貼り付けていて、それは今も変わらない。
ただ、何だ。漂うオーラが少し……怖い。
僕は一つため息を吐いて、和久井さんの一歩後ろを歩いた。
「青山君、美味しかった?」
和久井さんは歩調を緩めて、僕に並んでから話しかけてきた。
「……美味しかったよ」
僕は和久井さんから目を逸らして、歩調を緩めた。和久井さんが一歩前に先んじる形になった。
「そっか。それなら良かった」
そしてまた、和久井さんは僕の隣を歩き出した。
ついに、僕は足を止めた。
「どうかした? 青山君」
心配そうに僕を見る和久井さんに、僕は目を細めた。
「……そんなことしていると、周囲に変な誤解されるよ」
また、僕はため息を吐いた。
さっきも言ったことだが、彼女はもう少し、自分が有名人だという自覚を持ったほうがいいと思った。
「君も困るでしょ。クラスメイトに……メディアに、変な誤解をされて、SNSで発信されて、叩かれるのは」
脳裏に一つ過ぎった光景があった。
思い出したくもない……あの日の光景だ。
「それは……まあ、そうだね。嫌だ」
「なら、少し距離を取って歩こう」
「……青山君は、慎重派だね」
「そうかもね」
和久井さんの言い方が皮肉に聞こえて、僕は声を少し荒げて言った。
まったく。彼女のためを想って言っているのに、なんでこんな嫌な思いをしなければならないんだ。
またため息を吐きたくなった。
「ねえ、青山君」
そんな僕に、和久井さんが前方から声をかけてきた。
「……何?」
「それが、青山君がコラボ動画の頻度を減らそうって提案してきた理由?」
「……それは、前話したよね?」
足を止めそうになったところを堪えて何とか歩を進めた。だけど、顔は上げられなかった。
「……君は今のチャンネルを一人の力でそこまでのし上げた。そんな中、僕みたいな異物とのコラボを連発したら、ファンの反感を買う可能性があるって」
「うん。多分、それは間違っていないと思うの」
「だったら……っ」
「でも、多分それだけじゃない」
和久井さんの声色は……不安げで、でも確証を持っているようで、震えていて、強かだった。
「……コラボ動画は、君のおかげで好評を博している」
僕は言った。
「そんな。君の力のおかげだよ」
和久井さんはフォローをした。
「ううん。違うよ」
でも、今はそんなフォローが少し疎ましい。
「コメントをよく読むんだ、最近。……僕達のコラボ動画の」
「……うん」
「一回目のコラボ動画は概ね好評。二回目は、もっと好評。……でも、もちろん。全員が全員、絶賛してくれているわけではない。褒めてくれているわけではない」
『この覆面歌手、ワクテカちゃんの人気にあやかって絶賛されて、さぞ気分がいいだろうなあ』
コメントを見つけた時の記憶が蘇って、僕は握りこぶしを作っていた。
「結局……僕は自分の力で自分の好評を掴んだわけではない。君というインフルエンサーの下駄を履いたから、周囲に褒めてもらっているに過ぎない。そう気づいたんだ」
「嫌なの?」
……嫌、か。
「嫌ではない」
……でも。
「でも、このままだと僕の目標はきっと叶わない」
僕の目標。
僕を貶めた連中に……再び、僕の歌を聞かせること。
僕の歌を認めさせること。
彼女という下駄を履いて、彼女のシンパに褒められて……自己承認欲求を高めることは簡単だ。
「でも、これは僕が願った状況ではない」
それが……僕が彼女とのコラボ動画の頻度を減らそうと提案した理由。
「……青山君は、生真面目だね」
「そんなことはない。これは当たり前の感想だよ」
「……弱小が人気者にコラボを申し込むことは、動画配信界隈では珍しいことじゃないよ」
「……そうなの?」
「そう。人気が出れば、売れればっ。見て、もらえれば……。皆、それ以外のことはどうでもいいの。そういう界隈なんだよ、ここは」
「君もそうなの?」
「そうだよ?」
……そうなんだ。
少しだけ……幻滅した。
「ねえ、和久井さんはどうして……動画配信を始めたの?」
唐突に知りたくなった。
和久井さんが、動画配信を始めた理由。
多分、彼女は小さい頃からピアノを習ってきたのだろう。ただ、ピアニストの将来なんて、一流を目指すか途中で辞めるかのどっちかに限られている。それなのに……動画配信を始めようなんて道を何故彼女は選んだのか。
それが、気になった。
「……知りたい?」
「え?」
「青山君は、どうしてあたしが動画配信を始めたか……知りたい?」
もったいぶる和久井さんを見て、僕は困った。
本当に聞いていいのだろうか?
だって、彼女が僕に自分が動画配信を始めた理由を教えることをもったいぶる理由がわからなかったから。
もしかしたらまた……ヘンテコなお願いをされるかもしれないと思ったから。
迷いに迷った僕は……生唾を飲み込み、黙って頷いた。
教えてほしい。
そう嘆願した。
和久井さんは、最初目を丸くしていた。だけど、しばらくして優しく微笑んだ。
そして、唇に左手の薬指を当てて、片目を閉じた。
「ナイショ」
数日間投稿をサボってすみません
書籍化される方の作品の更新や宣伝など、珍しく色々なことに気を配っていました!
結果、全部中途半端になった気がするのは気のせいではない。
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします!!!