表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/18

距離感

 放課後、色々あった一日もようやく終わり、クラスメイト達は身支度をして帰宅していった。


「じゃあね、和久井さん」


「うん。ばいばーい」


 和久井さんの友達も、次々に教室を去っていった。


「さて、と」


 そして、クラスメイト全員が去ったタイミングで、和久井さんが立ち上がった。


「ねえ青山君、いい加減、このルールなくさない?」


 和久井さんは煩わしそうな顔をしていた。


「このルール?」


「作戦会議を、クラスメイト全員がいなくなってから始めるってやつだよー」


「……ああ」


 僕は鞄に今日出た宿題を仕舞いながら、曖昧な返事をした。

 

「適当に返事しないでっ」


 そんな僕に、和久井さんはずいっと顔を寄せてきた。

 ……前々から思っていたが、和久井さん、なんだか距離感が近すぎやしないだろうか?


 一々照れて、そっぽを向くことになる僕の気持ちも少しは考えてほしい限りだ。


「ねえ、面倒だよ。このルール。別にいいでしょ? あたし達の関係、皆になんて思われようが」


「……そんなわけないだろ?」


 僕は呆れた口調で続けた。


「そもそも君は、人気者ってことを忘れちゃいけない。人気者ってのはね、常々下世話な話題に巻き込まれるもんなんだ」


「下世話って……あたし達、別に付き合っているわけじゃないじゃない」


「違う」


「付き合っているってこと?」


「なんでそうなる? ……そうじゃない」


 僕は肩を竦めた。


「そういう連中は、事実なんてどうでもいいんだ」


「……」


「火のないところに煙は立たない。そうじゃない。連中は火のないところに煙を立ててでも火をつけるんだ。そして、火がついたら最後。正義という大義名分を振りかざす不特定多数の部外者が、一気に火を大きくする」


 母は僕の主体性に任せ、僕の意思で選んだ変声期を遅らせる手術を世論が潰したように……大義名分を持って炎上させてくる連中のことが、僕はこの世で一番、大嫌いだ。


「ふうん」


「わかってくれた?」


「うん。まあ、わかった」


「じゃあ、これからもこのルールは続けるから」


「……仕方がないなあ。わかったよ」


 納得したのも束の間の出来事だった。


「あ、青山君! 今日さ、ミッちゃん達に聞いたんだけどさ。駅前の喫茶店のパフェが凄い美味しいんだって!」


「……ん?」


「折角なら、そこで作戦会議しよ!」


「……はぁ」


 僕はため息を吐いた。


「和久井さん、さっきの僕の話聞いてた?」


「聞いてたよ?」


「僕、言ったよね。連中は火のないところにも煙を立ててくるって。そんな場所で二人きりで行ったら……で、でえと……とか思われちゃうかもしれないんだよ?」


「それが?」


「困るでしょ。で、でえと、とか思われちゃったら」


「全然?」


 和久井さんは、あ、と手を叩いた。


「いっそのこと、付き合っちゃうか」


「マジで僕の話、ちゃんと聞いてた?」


 自ら火をつけてどうする。

 放火魔よりたちが悪いよ……。


「えー? 駄目ー? なんでー? あたしは別に、青山君と付き合ってもいいと思っているけどなあ」


「……いや、駄目でしょ」


 僕は俯いた。


『……釣り合ってはいないよなあ』


 脳裏には先程のクラスメイト達の会話が蘇っていた。

 クラスメイトの無責任な発言を聞いた時、僕は別にイライラするようなことはなかった。それどころか、その通りだと思った。

 

 ……落ちぶれた僕には、彼女のような人は眩しすぎるのだ。


「……ふうん」


 和久井さんは……どうでもよさそうに唇を尖らせていた。


「ま、なんでもいっか」


 そして、次の瞬間……。


「じゃあ、行こうか!」


「うわあっ!」


 和久井さんは僕の手を強引に引いて、走り出した。


「ど、どこ行くの!?」


 僕は叫んだ。


「どこって……駅前の喫茶店!」


 日常生活の中でこんなに叫ぶのは、いつ振りだろうか。


「だ、だからそこは……っ」


「関係ないよーっ!」


 楽しそうに、和久井さんは笑った。


「あたしが行きたいから行くの!」


「……」


「君と一緒にパフェを食べたいから、だから行くのっ!」


 ……手を引かれ、廊下を走りながら思った。

 もし僕が逆の立場なら、彼女のように振舞えただろうか?

 もし僕が手を引く立場なら……こんなにも後ろを振り向かず、こんなにも周囲を気にせず、彼女の手を引けただろうか?


 答えは……わからない。

 実際にそうなる日がやってくる日が来ないのだから、わかりっこない。


 でも、思った。


「君は、いつも自由だね」


 僕にコラボを申し込んできたり。

 僕に黙って、僕とのコラボを事前告知したり。

 僕の意思に反して、強引に手を引いたり……。


 本当に彼女は……いつだって自由だ。


 その彼女の自由ぶりが、今の僕には羨ましくて仕方がなかった。


 ……ただ。


「和久井、前も言ったよな? 廊下は絶対に走るなって」


「すみませんすみません」


 この彼女の謝りぶりは、自業自得以外の何者でもないな。

 僕は呆れたため息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ