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母親

 毎日の動画投稿の合間を縫い、和久井さんの作曲作業は進んでいった。


『終わったよー』


 先日、これからもコラボをしていくと決めた際、僕は和久井さんと連絡先の交換を行っていた。

 そして、僕が作詞した歌詞を渡して大体一週間後に、和久井さんから作曲が終わった旨の連絡が届いた。


『送るね』


 和久井さんから音声ファイルが送られ、僕は自宅の防音室に移動した。

 音声ファイルは、実際に彼女がピアノで演奏した曲が録音されていた。


 防音室のスピーカーでそのファイルを再生させて……僕は思った。


『少し暗い曲調だね』


 作詞の際、僕は和久井さんへの感謝の意を込めて作業に当たった。


 僕の彼女に対するイメージは……。


 豪快。

 無邪気。

 天真爛漫。


 とにかく、明るいイメージだった。

 だからきっとポップシングのような明るい作曲をしてくると思ったのだが、アテが外れた。


『悪かった?』


『そういう意味じゃない』


 僕は音声を再生させているソフトを操作し、リピート再生するように設定した。

 目を瞑り、防音室の片隅で体育座りをして曲に聞き入った。


「……良いと思う。ギャップもあって」


 僕は微笑み、呟いた。

 早速、和久井さんにそう伝えようとして……。


「げ」


 僕は顔を歪めた。


『じゃあ、どういう意味?』


 僕が曲に聞き入っている間、僕のスマホは大変なことになっていた。


『ねー、教えてー?』

 

 一分間隔……。


『ねー? 教えてくれないの?』


 いや、酷い時には、一分も間を置いてない。


『おうい』


 気付けば数十件。


『ねー? そろそろ返事してくれてもよくない?』


 僕のスマホは、和久井さんからのメッセージの通知で溢れていた。


「うわっ」


 スマホが震えて、僕は飛び上がりそうになった。

 着信。

 相手は、和久井さん。


「……もしもし」


『もー! 酷いよ! 全然折り返しの連絡くれないんだからっ!』


「……っ」


 右耳からスマホを離しながら、僕は耳を塞いだ。

 着信早々、音割れした和久井さんの声に、鼓膜を破られるところだったからだ。


「ごめん。リピート再生してた」


『……それでも、ちょっと待って、くらい返事くれても良くない? あたし、ずっと心配してたんだからっ!』


「ごめん。そこまで配慮出来なかった」


 ……それもあるし、そこまで僕の反応を待っていたとも思っていなかった。


「それにしても、意外だな。僕からの批評くらい、君はどっしり構えて待っていると思っていたよ」


 そもそもこのオリジナルソング作りを始めた時、僕は散々和久井さんの作曲作業を心配したのに、彼女は大丈夫の一点張りだった。だからきっと、それだけ自信に満ちていると思っていたのだ。

 まさか、こんなにも僕程度の評価を聞きだすことに執着してくるとは思っていなかった。


『あたしだって、こんな作詞渡されなかったらこんなに苦労しなかったよ!』


 電話口からキャンキャンと文句の喚き声が聞こえた。

 

「そんなに良かった?」


『……良かった。それに、ちゃんと思い出せた』


「何を」


『そういえば君って、天才だったんだなって』


「何言ってんだ」


 僕は呆れたようにため息を吐いた。まあ実際、意味がわからないことを言っている和久井さんには呆れている。


「今から楽しみだよ。この曲を歌える日のこと」


『うん。あたしも……。いつ収録する?』


「撮り直しはオッケーなの?」


『オッケーだけど、出来ればしたくないかな。音楽って、本来は一発勝負の世界でしょう? 一発で全てを出し切る。リテイクが不可、くらいの方が集中力も高まると思うんだよ』


「……なるほどね」


 これまでシングルを出す時は、何度も何度もレコーディングをするのなんて当たり前だったから、和久井さんの言い分は少しだけ新鮮だった。

 ただ思えば、ピアノを習ってきた彼女にとって、散々出場したであろうコンクールでは一発勝負が基本だった。多分、そういうコンクール経験を持っているからこその発想だろう。


「うん。わかった。じゃあ一発撮りにしよう」


『うん! じゃあ、後は収録日だけど……今週の日曜日、場所はまたウチでいい?』


「わかった」


 そうして、僕達は二度目のコラボの撮影日を取り決め、週末を待った。


 迎えた週末……。


「じゃあ、行ってきます」


 今日は休みだった父に遊びに行く旨を伝えた僕は、家を出た。

 電車に揺られ、駅に着き、一度だけ歩いた道を、先日の記憶を思い出しながらまた歩いた。


「着いた」


 たどり着いた和久井さんの家の前。

 僕は、チャイムを鳴らした。


 チャイムを鳴らした途端、和久井さんの家がざわめきだした気がした。


「青山君! いらっしゃあい!」


 バタンと音を立てて、思い切り開かれた扉。

 快活な声。

 そして……和久井さんよりも少しだけ老け……熟した女性。


「……えぇと」


「あ! 春の母です。いつも娘がお世話になっています」


 お淑やかに頭を下げたその人は、どうやら和久井さんの母らしかった。


「あ、どうも……」


 僕も釣られて、頭を下げた。


「ち、ちょっとお母さん!」


 まもなく、和久井さんが玄関にやってきた。


「あたしが青山君を迎えたかったのに!」


「ぶー。早いもの勝ちですー」


 和久井さんの母、大人気ないな……。


「ぶー……」


 頬を膨らませて自身の母を睨みつける和久井さんも、大人気ない……。


「ごめんね。ウチの親、君の大ファンなの」


「……そ、そう」


「うん。さ、じゃあ撮ろうか? あがって」


「お、お邪魔します」


 僕は二人がいる玄関の方へ歩き出した。


「ちょっと待ちなさい」


 僕を止めたのは、和久井さんの母だった。


「え……何ですか?」


「あなた、大切なこと、忘れているじゃない」


 大切なこと……?

 それは、一体……。


 ……はっ!


「こ、これ……少ないですが」


「男子高校生が大人に万札をちらつかせるのは、まあまあ事件だよ、お母さん」


「違うでしょ」


「……え?」


「はい」


 笑顔の和久井さんの母が僕に手渡したものは、二枚の白紙の色紙だった。


「こ、これは?」


「あたしと旦那の分のサイン色紙よ。お願い! 青山君! サインください!」


「……」


 ……え、まさか。

 まさかこれが……僕が忘れていたこと?


 色々引っかかったが、僕はとりあえず和久井さんの母からペンを受け取り、色紙にサインを書いた。


「ありがとー! 一生の宝物にするわ!」


「……あ、はい」


「お母さん、気は済んだ?」


「まだー」


「後にして! これからあたし達、動画撮影をするんだから」


「えー……?」


 頬を膨らませる和久井さんを見て、和久井さんのお母さんはようやく諦めがついたらしい。


「それじゃあ、後はお若い二人で……ごゆっくりー」


 和久井さんの母はリビングに消えていった。


「……はー」


「中々、強烈なお母さんだね」


「君に対してだけはね」


 和久井さんは肩を竦めた。


「あの人、青山君シンパだから」


 ……何それ。


「あの人、青山君絡みのことだとうるさいから、気をつけて」


 何をどう気をつけろと?


「さあ、防音室行こうか」


 僕の疑問は解消されることなく、僕達は防音室へ向かった。

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