婚約破棄の破棄の破棄
「ロズリア・バーミリオン、お前との婚約破棄を宣言する!」
私の婚約者、オズニクス・ベトレイ第一王子が大きな声でそう言った。国立学園卒業パーティーの会場全体に響き渡る大きな声に、会場にいた生徒全員がこちらの方を向く。
オズニクス王子の隣には、ぴったりと彼の腕にしがみついている女性がいた。
たしか……メアリーさんよね。平民だけど光の魔法が使えるという理由で特待生の生徒だったはず。
「理由をお伺いしても?」
「真実の愛、運命の相手を見つけたからだ!」
いつも通り大きな声でオズニクス王子が言う。風魔法で声を拡大させなくてもこの音量、メアリーさんの鼓膜は特殊な訓練を受けているようね。
しかし、まあ予想通りの回答。この王子、本当に昔からバカだ。幼少期に泡立て器で脳みそをぐちゃぐちゃにされたのだろう。可哀想に。
「運命の相手と言いますと、そちらの女性のことでしょうか?」
「そうだ!メアリーが俺に真実の愛を教えてくれたのだ!」
「……平民と王族は、正式に婚約を結ぶことができない規則があるのはご存じですよね?」
どんなに嫌でも私を正妻に置いて、妾としてその女性を愛せばいいものを。本当にバカだ。実は進化したゴブリンなのではないだろうか。
「そ、そんなことは知っておるわ!バカにするな!私が王になって規則を変えるのだ!」
確かにこのバカ王子の王位継承権は一位。長男であるというだけではなく、第一王子派閥の貴族はとても多い。
まあ人望からではなく操りやすそうだと思われているからなのだが。
ただし……
「お言葉を返すようでなんですが、このままでは王になれると断定することはできないと愚考します」
「お前はバカか!俺の王位継承権は一位だぞ!私に味方する貴族がどれだけいると思っているのだ!」
「……それは今回の婚約破棄をする前のお話でございます。バーミリオン公爵家はこの後全力でハロルド第二王子様を支援させていただきます。もちろん私の家に恩のある貴族家もそれに殉ずるでしょう」
それにバカ第一王子を貴族が支持しているのは、単に操りやすそうだからだ。しかし今回のように権力のある公爵家を突き放すとなると話は変わる。糸によって動くマリオネットという認識から、いつ爆発するかわからないしゃべるオークへと格下がりするのだ。
そこまで気づいたかどうかはさておき、目の前のオズニクス王子の顔がどんどん青くなる。美味しくなさそうな色だ。
「……きする。」
「いまなんと?」
「婚約破棄を破棄すると言ったのだ!」
ここまで堂々と開き直れるのはもはや才能だ。声帯だけでなく神経も図太いらしい。ついでに最近お腹も太くなっている。さすがだ。
「かしこまりました」
「よし!これで王は私だ!王になった後で婚約破棄をすればよいのだ!」
心の声が漏れまくっている。風船みたいに、大きくなればなるほど漏れるスピードが早くなるのかもしれない。そのうち破裂するのだろうか。すこし楽しみだ。
「ではこちらからも一つ宜しいでしょうか?」
「おう!いいぞ!」
先程までのブルーベリーが嘘のように、陽気で朗らかな声だ。本当にバカだ。
「では――私ロズリア・バーミリオンはオズニクス・ベトレイ第一王子との婚約破棄を宣言いたします!」
それからバーミリオン公爵家はハロルド第二王子を全力で支援した。始め、第一王子派閥と第二王子派閥の勢力はほぼ拮抗していた。なんなら第一王子派閥の方がまだ強かったぐらいだ。
しかし第一バカ王子が隣国の王女に対してセクハラをしたことで流れが変わった。今まで第一王子のわがままに耐えていた貴族が、氾濫した川の水のようにこちらの派閥に流れ込んできたのだ。メアリーさんも愛想が尽きたのか、第一王子から見限られたのか、元の平民の暮らしへと戻されたそうだ。
数少なくなってしまった第一王子派閥の貴族は、ハロルド第二王子に取り入ろうと考えた。そうして昨年、オズニクス第一王子は暗殺された。バカの元に残った貴族はやはりバカだったのだ。
そうしてハロルド第二王子が無事王位を継承した。
「ちょっと多すぎない?」
「それほどロズリアお嬢様が魅力的だということですよ」
侍女のマリーは軽くそう言った。私の愚痴を取り合う気は無いらしい。仕方がなく山のようにある婚約者申し込みの名簿を眺める。
次はバカではない婚約者を選ばないとね。