第8話 ダンジョン2
「どうする?」
「皆の疲労は大きい。回復魔法を使いたいところだが、魔力を温存しておかねば先の戦いに不安が残る」
クレイドとリチャードがメンバーの状態を見ながらこの先へ進むのか、それとも一旦退くのか思案している。
「俺の魔力にはまだ余裕がある。皆を回復するぐらい全く問題ないが、どうする?」
二人は目をパチクリさせる。
「ほい、っと」
返答を待たずに皆を回復するアトス。
「じゃ、行こーか」
オトが呑気に言う。
「は、はは・・・。全く、お前たちは」
何度呆れさせられたことだろう。苦笑しつつ、二人は向き合いながら頷く。
「皆、行くぞ!」
「おぉっ!」
全快した一行のモチベーションは高い。力強い足取りで、階段を昇る。
迷宮は、階層を進むほど強い魔物が現れることが多いらしい。まれにボス級の魔物が出てくることもあるそうだ。山ほどの雑魚と、少数の強敵。どちらが嫌かと問われたら、人それぞれに答えがあるだろう。一つ言えることは、どちらにせよ絶望に近いということだ。
階段を昇り終えた一行の眼前には、だだっ広い部屋があった。視線のはるか先に、5階層目につながるであろう階段がある。探索魔法はなにも探知していない。何もいない、ただ広いだけの部屋。天井も見えない。異様な光景に戸惑う面々。
「全員、警戒態勢のまま前進!」
その力強い声は、この雰囲気に呑まれかけたメンバー達の背中を押した。さすがは騎士団の団長。頼もしい限りだ。
(ねぇ、アトス。前の方の上、何か気になる)
(何かいるのか?)
(分からない。でもなんとなくイヤな感じがする)
(分かった。じゃあ探索魔法を上に広げてみる)
──常時探索魔法は、地表近くしか探知しない。アトスはそれに気づいていて、密かに改良案を考えていた。単純に球や円柱を拡げるのは魔力消費が大きすぎる。そこで考えたのが、格子上の円柱を広げていくというもの。遠く、特に上空になるほど格子の目は大きくなるため、小さなモノは探知できない可能性はある。と言っても100m先で高々数cm程度の隙間しかない。これで問題になることは恐らくないだろう、と判断した。消費魔力と探索能力のバランスが大切なのだ。
「前方上空、いるぞ!」
皆が一斉に目を向ける。その先に現れたのは・・・・・・
炎を纏う瞳、獰猛な牙を持つ、恐ろしい顔が三つ。背中には翼、前足には鋭い爪をもつ。闇に溶け込みそうな漆黒の身体。身の毛もよだつ、おどろおどろしい生物が、降り立った。
種 族: ジャバウォック
弱 点: 雷
スキル: 召喚、黒炎
(召喚・・・だと?もしかして)
「魔物を召喚するぞ、気をつけろ」
「グオォォォ!!!」
それが雄たけびを上げると、アトス達を取り囲むように魔物の群れが出現する。
「総員、臨戦態勢!」
すかさずリチャードが声を上げる。団員がそれに応えるや否や
「突撃!」
指示と同時に、魔物に突撃する。
「皆、全力で一気に行くぞ!」
クレイドの檄とともに、紅メンバーも一斉に攻撃を仕掛ける。
一方、アトスは動かずに、戦況を確認している。
(アレはヤバい。俺とオトで何とかするしかない)
その場にいる全員に、全身強化と持続回復をかける。さらに、いま開発した「自動回復」をかける。
自動回復は、以下の効果を持つトリガー式条件回復魔法だ。
トリガー: 「ダメージを受ける」
条件 : 「生命力が30%以下」
処理 : 「回復をかける」
いつもより強く、速く動ける身体。しかも疲れない上に多少ダメージを受けてもじわじわと回復する。さらに、致命傷を負っても自動で回復されるのだ。皆、不思議な高揚感に包まれながら、魔物を蹂躙していく。
「グオォォォ!!!」
再び魔物の群れが召喚される。と同時に、三つの首から大きな黒炎が放たれる。
あれはマズい!と皆が感じた。
「オトッ!」
「任せて~」
オトは事も無げに、黒い炎をかき消す。
「にゃはは。ボクに火は(あんまり)効かないよ~」
森の守護団、紅の面々は、ホッとすると同時に再び魔物を蹂躙する。
アトスとオトは、ジャバウォックと対峙する。
「弱点は雷だったな」
アトスはジャバウォックの頭上からいきなり巨大な落雷を落とす。しかし、ジャバウォックはそれを察したかのように頭上に黒炎を吐き、落雷を打ち消す。
その瞬間、ジャバウォックが目にも止まらぬ速さで突進する。反射的に自身とオトに障壁を張ったアトスだが、勢いを全て防ぐことはできずに吹き飛ばされる。
「グッ!」
「いったいなー。何するんだよ!」
二人が立ち上がり、顔を上げると、森の守護団も紅も、そこに居た全員が吹っ飛ばされていた。
「いたた、全身強化がなかったら死んでたっす」
アーサーにはまだ余裕があるようだ。
この人数にこれだけの魔法をかけ続けていたら、長くは持たないわね。と、状況のまずさに気づいたのはエリンだった。
「このままだとジリ貧ね。アトス、私たちのことはいいから、あの化け物を何とかできないかしら?」
「何とかなるかは分からないが、やってみるしかないな」
当然ながら、魔法をかけ続けているアトスにもそれは分かっていた。が、踏ん切りをつけられずにいたのだ。
「こっちは任せろ」
「何とかなるさ」
彼等なりの激励のようだ。
「しばらく持ちこたえてくれ!」
アトスは自動回復を止めた。全身強化と持続回復があれば何とかなるはずだ。
「オト、オトの魔力を俺に流し込めるか?」
「やってみる・・・できた~」
「サンキュー!」
一気に決める!
岩牢獄!
水鎖!
鋭い爪にも引き裂かれない強固な岩の牢獄でジャバウォックを捉え、超濃縮した水の鎖で縛りつける。
「くらえ!」
雷霆!
神の怒りを彷彿させる巨大な雷が身動きの取れないジャバウォックに直撃する。
ドガァァァン!!
轟音が鳴り響く。
「グ、グオ、ォォォ・・・」
ジャバウォックは力尽きた。
「「「「うぉぉぉっ!!!」」」」
歓喜と安堵の雄たけびが一斉に上がる。
その勢いで、残った魔物達はあっという間に討伐された。
おや、これは・・・。
ジャバウォックから魔法石のようなものと素材?のようなものを手に入れた。
「アイツの素材か。中々のものだろうな」
クレイドが言う。
「ジャバウォック、って言ったわよね?・・・・・・確か、Aランクの魔物だったと思うわ」
「Aランクか。あの強さなのも頷ける」
森の守護団、紅の誰もが初めて遭遇した魔物だったらしい。エリンは知識としては知っていたようだが。
「これが素材ってやつか」
アトスは初めて魔物の素材を手にした。
「素材って、何に使うんだ?」
「そうだな。基本的には武器や防具だな。中には薬になるものもある」
「なるほど。・・・・・・これ、本当に俺が貰ってもいいのか?」
「もちろんだ。異論はあるまい」
リチャードが言うと、その場にいる全員が大きく頷く。
「むしろ、ここにある素材全てをお前が持って行っても誰も何も言うまい」
「皆で戦ったんだ。俺はこれと魔法石がもらえればそれで十分だ」
「魔法石、ね。私たちにとってはただの石。だから、誰も欲しがらないわ」
エリンがそう言ってくれた。
「そうか。なら遠慮なく」
「この大量の素材だが、本当に要らないのか?俺たちは助かるが・・・さっきも言ったが、全て持って行っても良いんだぞ?」
「あぁ。もう十分貰ったからな。それに、必要になったらまた集めるさ」
「分かった。そこまで言うなら、そうしよう」
──
森の守護団と紅が戦利品を分配している間に、ジャバウォックが落とした素材を鑑定する。
魔法素材(皮)
魔法数: 0 / 1
魔 力: 0 / 200
こ、これは・・・・・・魔法石のように魔法を組み込めるのか!?
武器や防具を作る素材。それに魔法を組み込む・・・・・・って、考えるだけでもワクワクするじゃねーか!
不気味な笑みを浮かべて妄想するアトスに、オトが話しかける。
「ねぇ、アトス。顔が気持ち悪いよ?」
「そうだな・・・・・・って、オイ!」
突っ込みながら、確かに気持ち悪い顔をしていたかもしれない、と頭を掻く。
「それはおいといてさ、武器や防具に魔法を組み込んでもさ、一回発動したら終わっちゃうんじゃない?」
こっ、こいつ、心の声を聞いてやがったか。内心焦るアトス。
だが・・・・・・
「確かにそうだな。何か面白いことができないか、思いつくまでこれは取っておこう」
オトの言う通りだな、と思った。ただ、魔法石を発見した時のようなワクワクは消えてはいない。まだ思いつかない、何か面白いことができる可能性をうっすらと感じているのだろう。
──
「待たせたな」
どうやら素材の配分が終わったらしい。
迷宮は無事にクリアした。さて次は何をしようか、とアトスは考えていたのだが・・・
「今回はここまでにしよう。この先へ臨むのは危険すぎる」
「そうね。一度街へ戻ってちゃんと体制を整えて出直した方がいいわね」
どうやら、まだ迷宮には続きがあるようだ。
「アトス、一緒に街に来てくれないか。ギルドへの報告に付き合ってもらいたい」
「街、か」
「どうかしたか?」
「いや、そういや街に行ったことがなかったな、と」
「ならいい機会だな」
どんな暮らしをしていたのか気になったリチャードだが、聞くのも野暮だと思い留め、スルーした。
こうして一行は、街へ向かうこととなった。
第9話は明後日アップ予定