第7話 ダンジョン
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「これが迷宮か。小さいな」
初めて迷宮を目にしたアトスは、想像よりもはるかに小さい迷宮を見て、簡単に終わりそうだな、と思った。
「やっぱり迷宮も初めてなんだな。確かに入口だけ見ると小さいが、中はすごく広い。それに、階層構造になっていて、最奥までたどり着くのに数日かかることもある」
「えっ、数日!?」
魔法を使い過ぎると、魔力切れになるかも知れないと、アトスは危惧する。
(オト、魔力を節約したいから、魔法石で倒せる魔物には魔法を使わないようにしよう)
(りょーかい! )
・・・そう言えば。
アトスは、ふと思った。
(オト、この会話って魔法なのか? )
(えっとね、厳密には違うんだけど、似たようなもんかな)
(そうか。なら、できるかも知れない)
(何が? )
(ちょっと待って・・・・・・これでどうだ? )
(あっ。魔物が分かる! それに、ボクの感覚よりずっと遠くまで。すごい! )
(よし、成功だな。俺の探索魔法が感知したものを、オトと共有できようにしたんだ)
(ありがと。魔物を見つけたら、どんどんやっつけちゃっていいよね? )
(魔法石で倒せない魔物だけな)
(りょーかいっ! )
迷宮に入ると、目の前にゴブリン、オークの群れがいた。
「やはり、いつもよりも魔物の数が多い。多すぎる」
リチャードが言う。
「いつもはもっと少ないのか?」
アトスはいつもを知らない。
「そうだな。今はいつもの100倍以上いるかも知れない。迷宮に入ってすぐ魔物に囲まれるなんて、今まではありえなかった」
「いつもの100倍以上、か。異常だな」
「おしゃべりはここまでだ。行くぞ!」
リチャードが言うと同時に、森の守護団は戦闘態勢をとる。
だがそこに、アトスが待ったをかける。
「待て。先のことを考えて、体力・魔力はできるだけ節約した方が良いんじゃないか」
それはそうだが、だからと言って魔物を倒さずには進めない。リチャードは一瞬悩んだが、この二人組なら何か手立てがあるのかも知れない、と考え直した。
「なにかあるのか?」
「あぁ、これを使う」
そう言いながら、ゴブリン討伐やオーク討伐を組み込んだ魔法石を取り出す。
「それはなんだ?」
「魔法石、さ」
アトスが魔法石を使うと、目の前にいた魔物の群れに向けて魔法が放たれ、あっという間に殲滅した。
「「「「な、何をしたんだ」」」」
「この魔法石に、ゴブリン討伐とオーク討伐を組み込んであるんだ。で、それをいくつか使っただけだ」
「魔法石って? ・・・それに、そんな魔法、聞いたことない!」
ナタリーが言う。
「あぁ、それは・・・」
アトスは魔法石とプログラム魔法の説明を始めた。と言っても、【プログラム】の部分には触れず、ゴブリンやオークを倒す専用の魔法を作った、という体で。それでも周囲の者はみな、何を言っているのか理解できず、ただポカーンとしている。
「と、ところで、その魔法石は私たちにも使えるの?」
真っ先に正気に戻ったのはナタリーだ。魔法使いである彼女は、魔法石の価値を誰よりも感じ取っているようだ。
「俺も使ってみたい」
そう言ったのはイリスだ。彼が得意なのは支援魔法だが、やはり魔法石に価値を感じているようだ。
「じゃあ、はい。こっちがゴブリン討伐用で、そっちがオーク討伐用ね」
ナタリーにゴブリン討伐の魔法石を、イリスにオーク討伐の魔法石をいくつか渡す。
「半径5m以内に魔物が居ないと無駄になるから気を付けて」
何が起きているのか消化しきれないまま、半ば混乱に近い状態で足を進める一行。
「あの角を曲がったところに、ゴブリンとオークが居るぞ」
魔法使いなら、探索魔法を使えても不思議ではない。だが、魔力消費が激しいため、そう頻繁には使えないのが普通だ。(たまたま、探索魔法を使ったら魔物が居たんだろう)と、一行は思った。いや、そう思いたかったのだろう。
鑑定まで行っていることに気づいたのは、リチャードにナタリー、イリスぐらいだ。
「私たちにやらせて」
ナタリーが言う。
「イリス、オークは頼むわよ」
「了解」
ナタリーとイリスは、それぞれ自分が持っている魔法石を発動した。それを見て、アトスは感心している。
(そう言えば、発動の仕方を教えてなかったな。それでも難なく発動するとは、さすがは魔法使いだな)
「すごい。全く魔力を消費しない」
「本当だ。魔力なしで魔法が使えるなんて」
ナタリーもイリスも驚いている。
「そりゃあ、すでに魔法をセットしてあるからな。魔力は必要ない。魔法を使う感覚さえあればな」
「当たり前に言ってるけど、これは相当すごいことよ」
「そうなのか?」
「呆れた。全く、あんたって・・・」
「ところで、この魔法石って、魔法をいくつセットできるの?」
イリスが問う。
良いところに気がつくなと、アトスはまたも感心した。
「さっき渡したのはどれも一つしかセットできない」
「え?」
「二つセットできる魔法石もあるんだが、中々手に入らないんだ」
「うーん・・・いくつかの魔法効果があったように思うんだけど」
(おぉ、それも分かるんだ。魔法使いってすごいんだな)
さっきから感心しっぱなしのアトス。嬉しくなって、上機嫌で言う。
「魔法をね、プログラミングしたんだ。それで、出来上がったのが一つのプログラム魔法ってわけさ」
つい口を滑らせてしまったアトスに、オトは苦笑する。
(あちゃー、プログラミングとか言わないようにって言ったのに~)
「ぷろぐらみんぐ・・・?」
やっぱり誰も理解できないようだ。口を滑らせたことに気づいたアトスが懸命に誤魔化す。
「えっと、魔法をさ、ギュッとまとめてみたら、出来たんだよね~」
目は泳ぎ、身体は震えている。挙動不審である。
「魔法を・・・まとめる!? そういえばさっきもそんなこと言ってたけど、普通は出来ないわ」
ナタリーの魔法使いとしてのプライドが見え隠れする。そんなことが出来るのなら、自分の魔法が酷くお粗末なものに思えてしまう。
「は、はは・・・。まぐれ、かな」
アトスはまだキョドっている。
「詳しい話はいずれ、な。今は歩を進めよう」
リチャードが言う。彼の職務は、迷宮の異変の調査だ。恐らくこれは緊急案件だろう。足を引っ張るわけにはいかないな、とアトスは思った。
「時間を取らせてすまない。先を急ごう」
こうして、一行は先へと進み始めた。
──
一行は、度重なる魔物の襲撃をはねのながら、3階層までたどり着いた。魔法石のおかげでほとんど消耗することなく。
「ここまでは順調だな」
リチャードが少し嬉しそうに言う。だが、その眼に一切の緩みはない。この先に待ち受けている困難を見据えているのだろう。
「魔法石のおかげね。おかげで誰もまともに戦ってすらいないわ」
「ホント、身体が鈍っちゃうわね~」
自嘲気味にナタリーが言い、レオナが冗談めかして応える。
「新手のようだ」
「だね」
「魔法石が使えないやつばかりだ。ま、思う存分戦ってくれ笑」
新たな魔物を探知したアトスは、楽過ぎて悪態をつく(と言うほどではないが)面々をからかうように言う。
種族: スケルトン×20
弱点: 火、光
種族: ホブゴブリン×5
種族: レイス×3
特性: 物理無効
弱点: 火、光
種族: レイス×2
特性: 物理無効
弱点: 土
・・・物理無効、か。
「レイスって知ってるか」
アトスの質問に、レオナが重々しく口を開く。
「・・・幽霊よ。剣では倒せない、やっかいな奴」
「剣士には相性が悪い、か。なら、魔法使いの出番だな」
からかうように笑いながらアトスはナタリーに目を向ける。
「あんたね・・・まぁいいわ。私に任せて」
「2種類いるようだから気を付けろ」
「そういうことは早くいいなさいよ!」
狭い通路で会敵したおかげで、強力な魔法は使えない。
「数が多いのは任せろ」
言うが早いか、アトスはスケルトン全体に刻印から火炎弾を放つ。あっという間にスケルトンは全滅した。
「後は任せた」
全滅させるのは容易い。だが、森の守護団には騎士団としての面子が、紅には新進気鋭の冒険者パーティとしてのプライドがある。それを傷つけないようにする、アトスなりの配慮だった。
「森の守護団、行くぞっ!」
「やっと出番だ。紅の力を見せてやろう!」
その場にいた全員(アトスとオトを除く)が戦闘態勢に入ったその時、突然辺りが暗闇に包まれた。
「なんだっ!?」
「なにも見えない」
その場に緊張が走る。だが、常時探索で魔物の位置を把握しているアトスは冷静だ。魔物の位置を知らせるぐらいはするか、と思ったその時。
「あらあら、これでどうかしら」
ポゥッと光の玉が現れたかと思うと、あっという間に辺り全体を照らす。
「レイスの闇魔法も大したことないわね」
光魔法を放ったのはエリンだ。対処が早い。
「カシウス、アーサー、今のうちにホブゴブリンを倒すぞ!」
間髪入れずにリチャードが指示を出す。さすがは騎士団長と言ったところか。
「レオナ、森の守護団に加勢! イリス、支援しろ。ナタリー、黒いレイスに火魔法を!」
こちらも負けてはいない。それに、2種類いるレイスの弱点を色で判断している。鋭い洞察力だ。新進気鋭のパーティ、というのがよく分かる。
「あら、じゃあこっちのレイスは私が」
「まず俺が切り込む。状況を見て支援を頼みたい」
「あなた、魔剣士だったわね。お手並み拝見させてもらうわね」
剣士がレイスを狙うのか。何かあるのか? 魔剣士を知らないアトスは、興味津々だ。
「ん? 剣が・・・光っている?」
「剣に魔法を纏わせているのよ」
エリンが教える。
なるほど、そんなことも出来るのか。つくづく面白いことばかりだなと、アトスは笑みを浮かべた。
あっという間に魔物を殲滅した。
・・・・・・はずだった。だが、息をつく間もなく魔物の群れが現れた。
(アトス~、あの剣士に夢中になって気づいてなかったでしょ)
オトはジト目でアトスを見やる。
(・・・バレたか)
(ばればれ~)
冗談ばかり言ってられないな。森の守護団、それに紅は今戦ったばかりだ。
「次は俺たちの番だな」
「ボクもやる~」
と言いながら、あっさり魔物を殲滅する二人。
「はは、笑うしかないな」
皆、驚きを通り越して呆れている。
──
そんなことが幾度も続く。たとえ迷宮内とはいえ、この魔物の数は異常だ。数え切れないほどの魔物を討伐し、全員に疲労が見え始める。一旦引き返した方が良いのでは? と誰もが思い始めた時、4階層へと続く階段が現れた。
第8話は明日アップ予定です