第1話 明晰夢
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「もうこんな時間か」
俺は近本アトス、25歳 男 プログラマー
いわゆる【社畜】だ。
趣味が高じてプログラマーになったまでは良かったが、徹夜は当たり前、3時間寝られればいい方。そんな日々に辟易としている。
仕事を押しつけられるのは、できる者の宿命なのかも知れない。
自分で「できる者」と言うのはちょっとイタイが、それぐらいは勘弁して欲しい。
「いま帰っても3時間も寝られないな。食べ物はあるし、今日はここで寝て・・・」
言うが早いか、あっという間に寝落ちしていた。
「ふぁ~、よく寝た・・・」
すでに外は明るい。
寝過ごしてしまったか?と焦りながら、周囲を見渡す。
「ここは・・・どこだ?」
見渡す限りの木々。どうやら森の中のようだ。
あちこちに木漏れ日が差し込んでいるのを見ると、樹海というほど深い森ではなさそうだ。
「夢、か」
そうか、これは明晰夢だ。
それならば、ある程度は自分の思い通りにできるはず。
なんとなくファンタジーっぽい雰囲気だし、もしかしたらアレが出来るかも?
右手を前に突き出して・・・
「火球!」
手の先にソフトボール大の火球が出現し、まっすぐ飛んで行った。
ドーン!!
火球は少し離れた木に直撃し、あっという間に焼き尽くした。
おぉ、魔法が使えた!
木を一瞬で焼き尽くすとは、すごい威力だな。
もっと、もっと魔法を使ってみたい!という衝動に駆られる。
・・・いやいや、落ち着け、俺。森の中で火はマズい。
さっきはたまたま大丈夫だったが、いくら夢とは言え火事になってしまったら楽しくない。
火の魔法はやめておこう。
さて、次は・・・
「風刃!」
スパッ!
ズズ・・・ドスン!
風の刃は、木の幹をキレイに切り裂いた。
それほど大きな木ではなかったとはいえ・・・
火球と言い、風刃と言い、こんな威力の魔法を簡単に使えるなんて、夢のような気分だ。
・・・まぁ夢なんだが。
ふと、これで魔物なんかが出てきたら最高のファンタジーだな、なんて余計な考えが頭をよぎる。
魔法が使えるというのは、すごく高揚感を感じる。
年甲斐もなく、楽しくて仕方がない。
どんどん試したくなってきた。
「ウィンドキャッタ!」
(噛んでしまった・・・)
スパッ!
ズズ・・・ドスン!
さっきと同じく、風の刃が木を切り倒した。
詠唱・・・と言っても名前を叫んでいるだけだが、噛んでも問題ないのか。
もしかして、魔法の名前はなんでも良かったりするのか?
・・・待てよ。
だとしたら、無詠唱ってやつもできるんじゃないか?
(魔法の名前を考えるのも正直メンドウだし・・・)
頭の中に風の刃が飛んでいく様を思い描き、右手の先に魔力を集めるイメージ。
おぉ、なんとなくだが魔力の流れを感じる。
あとはこの集まった魔力を放つだけだ。
スパッ!
ズズ・・・ドスン!
おぉ、無詠唱で風刃の魔法を発動できた。
そうか。
イメージと魔力の制御ができれば、魔法は使えるということか。
それなら、もっとすごい魔法も使えたりして。
炎の柱をイメージして、魔力を集めて・・・
ダメだ、出ない。
そもそも魔力が集まる感覚がない。
竜巻、石壁、水流をイメージして・・・なにも起きない。
イメージが弱いのか?
ちゃんとイメージできないと魔力が集まらない、とか?
風の刃なら・・・出ない。
魔力の流れを感じられない。
そうだ、ステータスを見れたりするのか?
生命力: 30 / 30
魔 力: 0 / 100
なるほど、魔力切れか。
そんな設定まであるとは、よくできた夢だ。
実は俺、ファンタジーの世界に相当憧れていたのかもな(苦笑)
さて、と。
おそらく時間が経てば魔力は回復するだろう。
回復を待つ間、少し辺りを散歩してみるか。
・・・・・・
しばらく歩いたが、森を抜けられそうな雰囲気がしない。
かなり大きな森のようだ。
ドドドド・・・
ん?
何か聞こえてきたような?
「うおっ!!」
何かが突進してきた。
奇跡的にギリギリ避けることができたが、安心している暇はなさそうだ。
「アレは・・・猪か!」
なぜ俺を狙ってくるのかは分からないが、とにかくヤバい。
何とかしないと。
魔力は・・・
魔力: 18 / 100
よし、少し回復している。これぐらいの魔力で火球はだせるのか?
イチかバチかやるしかない。
よく狙って・・・俺は火の球をイメージし、それを猪に向けて放った。
ドンッ、ゴォォッ!
右手から放たれた火の球は猪に直撃し、丸焼けにした。
「た、助かった・・・」
突然、猪に襲われて驚いた。
もしかしたら、さっき余計なことを考えたせいかも知れないな。
「は、はは。笑えねー」
俺は自嘲気味に笑った。
ぐぅぅ・・・
安心すると、お腹が空いてきた。
(夢の中でお腹が空くのは珍しい気がするが)
猪肉はちょっとした高級肉だ。
想像するだけでよだれが出てしまう。
小さな風の刃をイメージして、猪をカットする。
おぉ、うまそうな猪肉だ。
猪の肉は臭みが強いから濃い目の味付けで食べるのがセオリーだが、新鮮な猪肉は実はそれほど臭みがない。
柔らかくて、程よく脂身があって、深みのある肉の味・・・
「ん-、最高!」
魔法が使えて、新鮮な猪肉を食べれて、最高だ。
俺は、このファンタジー(夢)の世界を思いっきり楽しむと決めた。
──
せっかく夢の世界にいるのだから、もっと魔法の練習をしたい。
(遊びたい、と言うのが本音だが)
とは言え、また何かに襲われることもあるだろうし・・・ある程度の魔力は残しておいた方がよさそうだな。
魔力が残り18の状態で火球と小さな風刃を使えたから、4~50程度残しておけば何とかなるだろう。
こまめにステータスを確認しながら散策する。
木漏れ日とそよ風が心地よい。
・・・・・・
少し歩くと、赤い実がなっている木を見つけた。
「あれは、リンゴか?」
リンゴと言えばたくさん実がなるイメージだが、3個しかなっていない。
とにかく食べてみるか。
カプッ!ムシャムシャ・・・
「うまい!」
味も触感もリンゴそのものだ。
ん?
なんだか不思議な感覚がある。エネルギーが湧き出てくるような・・・?
ステータスを見てみるか。
魔力: 100 / 100
おぉ!魔力が全快している。
このリンゴ(のようなもの)を食べたから、だよな?
ちょっと試してみるか。
さっき魔力切れでできなかった魔法をイメージして・・・って待て待て!
危うく炎の柱を出すところだった。
気を取り直して、竜巻をイメージする。
ゴオッ!!
目の前に小さな竜巻が発生し、木々を巻き込んだ。
ドサドサッ・・・
ズタズタになった木の欠片が大量に降ってきた。
とんでもない威力だな。
次は石の壁っと。
ゴゴゴゴ・・・
目の前に高さ2mほどの壁が現れた。
おぉ、これは使えそうだ。
イメージした通りの形でできるのなら、家みたいなのを作れるかも。
家の形をイメージして、魔力を集中・・・
アレ?出ない。
イメージが悪いのかも。
もう一度・・・出ない。
あっ、もしかして。
ステータスを確認すると、魔力切れのようだ。
魔力: 20 / 120
強力な魔法ほど、魔力を消費するようだ。
当然と言えば当然か。
・・・ん?
最大値が上がっている?。
そうか、魔法を使えば使うほど成長する仕組みになっているんだな。
よくできた夢だ。
じゃあどんどん魔法を使って、ぐんぐん成長するとしよう。
ひとまずリンゴを食べてステータス確認。
魔力: 120 / 120
よし、全快した。
このリンゴで魔力が回復することは間違いない。
魔力が回復したことだし、さっそく家を作るか。
家・・・というか、屋根があって出入口があればそれでいい。
それっ。
ゴゴゴゴ・・・
よし、イメージ通りのものができた。
これなら、魔力が尽きても襲われずに済みそうだ。
拠点ができたので、魔法を練習しながら辺りを開拓して行くことにする。
魔力切れになるまで魔法を使って、魔力回復を待っている間に近くを散策。
これを繰り返そう。
そうそう、火の魔法を使っても合わせて水の魔法を使えば火事を起こさずに済みそうだ。
火魔法もちゃんと練習しておこう。
え?
魔力切れの状態で襲われたらどうするんだって?
ふっふっふ。
魔力を回復するリンゴがあと一つ残っているのだ。
これがあれば、もし魔力切れの時に襲われても何とかなるってことさ。
というわけで俺は、魔法の練習と散策(開拓)を繰り返した。
夢中になって気づかなかったが、辺りが薄暗くなってきている。
もうすぐ夜だ。
「ここまでか」
良いところだったんだけどな。
夢の中で寝て、夢の中で起きるなんてことは経験上なかった。
夜になって眠りにつけば、この夢の世界ともオサラバだ。
どうせなら魔物と戦ってみたかったな、なんて。
贅沢が過ぎる、か。
そうだな。魔法が使えただけで十分だ。
こんなに楽しい時間を過ごせたのは何年ぶりだろう。こんな夢をみることができて良かった。
願わくば、またこの世界に来られるよう・・・
俺はそう願いながら、石壁の家で眠りについた。