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第8話

   

 信号のない横断歩道を渡っている途中、近くの曲がり角から飛び出してきた車に轢かれた、という話だった。

 もちろん悪いのは車の方だが……。

 後で聞いた噂によると、天才くんは事故当時、耳栓をしながら歩いていたらしい。

 それでは車の音も聞こえにくいだろう。耳栓をしていなければ車の接近に気づいて()けられたのではないか。そんな言い方で、被害者の天才くんを少し責める者も出てきた。


 しかし天才くんはおそらく、耳栓をしている方が安全だと思っていたのだ。なにしろ魔法の耳栓なのだから。

 多少は効き目が弱くなったものの、まだ魔法の効果を信じていたのだろう。

 耳栓をして道路を歩いていれば、基本的には完全な静寂で、通行人のお喋りも車の騒音も聞こえてこない。ただし必要な音だけは耳に届くから、()ける必要のある車などが近づいてくれば聞こえるし、むしろ目立って聞こえるから安全。

 そう考えて、耳栓をしていたに違いない。

 とはいえ、私の解釈では、耳栓の魔法なんてしょせんプラシーボ効果。道路を歩く時には授業中のような理屈は成り立たず、耳栓の効果も感じられないはずで……。


 不思議に思った私は、一度だけ、彼の耳栓を使ってみた。道路を歩きながらでは危ないし、かといって学校で使う勇気もなかったので、進学塾の授業中だ。

「源頼朝が征夷大将軍に任じられたのは1192年。足利尊氏は……。徳川家康は……」

 日本史の授業だったが、驚いたことに、教師の言葉が一部聞こえなくなってしまう。口は動いているので、教師は発言したのに私の耳にだけ聞こえていない、という状態だった。

 つまり天才くんの耳栓は、本当に魔法の耳栓だったのだ!


 ならば、彼が亡くなった事故にも耳栓の影響はあったはず。私がすり替えた偽物でなく本物の魔法の耳栓をつけて歩いていれば、飛び出してきた車の音だけが聞こえてくるから、その存在に気づいて()けられたかもしれない。

 私の悪戯(いたずら)のせいで彼が死んだと考えると、さすがに大きな罪悪感を覚えてしまう。


 動揺する私だったが、頭の中は妙に冷静で、重大な事実にも気づいていた。教師の言葉が聞こえなくなったのは本当に一部だけであり、たとえ耳栓をしていても、授業内容の大半は聞こえてくるのだ。

 かつて天才くんは「試験に出る部分だけ聞こえてくる」と言っていたけれど、それにしては多すぎる。おそらく高校のテストや大学受験とは別に、今後の私の人生において必要となる部分は消されていないのだろう。

 では、なぜ天才くんの場合は違ったのか。「試験に出る部分だけ」に厳選されたのか。

 しかも彼の口ぶりから考えて、おそらく「試験」というのは高校のテスト限定。それしか天才くんには必要ない、と耳栓に判断されたのであれば……。

 彼の人生が高校在学中に終わることまで、魔法の耳栓は把握していたのではないだろうか?


 使う者の未来まで知っている耳栓なんて、怖くて使えない!

 この耳栓をずっとつけていたら、何かの拍子に例えば「あれ? 今みんなが話してる内容、大学卒業したら私にも関わるはずなんだけど……。それが聞こえないってことは、それまでに私死んじゃうの?」と、自分の死期を悟る可能性も出てくるのだ。


 私としては、先ほどの罪悪感云々よりも、こちらの方がもっとゾッとする。

 だから机の引き出しの奥にしまい込んで、魔法の耳栓は封印。その存在すら忘れるよう努めている。




(「天才くんの耳栓は」完)

    

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