96.
部屋の中は、煙草と消臭剤とイカ臭い匂いが混ざった、
なんとも表現しがたい強烈な匂いが充満していた。
それはまだあのラブホのかび臭い匂いが可愛らしく思えるほど。
玄関には靴が何足か乱雑に脱ぎ捨てられていて、
その中に一足だけ丁寧に整頓されたボロボロのローファーが目に入った。
すぐにそれがキミのものだと分かりその靴の状態にボクは心を痛める。
奥の部屋から人の声がする。
- キミへのプリントを届けに来ただけ…。大丈夫、大丈夫…
不法侵入の行為に自分なりの正当感を心の中で唱えながら、
「お邪魔します」と小さな声で呟き、恐る恐る中へと足を踏み入れる。
カップラーメンや弁当の空き箱が床に乱雑に散らばっていた。
ところどころに汁や食べかすが落ちている。
たまに掃除をしようとしているだろうか?
45Lの大きなゴミ袋が数袋固まった状態で置いてあるのも確認がとれたが、
どれも袋の口からゴミがあふれ出てきており、
それらのゴミ袋は全く意味をなしていない状態であった。
キミの栄養状態は大丈夫かな?
少しキミを心配する。
そして靴下を汚さないように、
ゴミの少ない、比較的足場のある床の方へと足を進める。
台所に来た。
左手には片付けられていないキッチンが見える。
食器が洗われておらず、
乱雑にシンクの上に積み重ねられるようにして置かれていた。
そして、その食器類の一番上には包丁が無造作に放置されていた。
あろうことかその鋭利な刃先はこちらを向いている。
ボクは二度見した。
ほ、包丁?
こんなゴミ屋敷の中で料理でもしているのか?
コンビニやインスタント食品の袋で散らかっているのに?
頭の中にハテナが躍る。
危ないな。使わないなら整頓しとけよ、と心の中で悪態をつく。
「おい…もっ…」
「ギャハハハ。こっ…えて…」
「や…きった…」
下品な笑い声にボクの思考は止まる。
台所から目を放し、声が聞こえてきた奥の引き戸の方へと目をやる。
心臓がバクバクと激しく打ち出す。
なんで?なんで?なんで?
一番嫌いな奴らだから。
この声を毎日のように聞いていたから。
絶対に間違えるはずがない。
あの下品な笑い声。言葉遣い。
床に飛び散った汁や食べかすなんてもう関係なかった。
何が起こっているのかすぐにでも知りたくて、
ボクは靴下が汚れるのも構わずにまっすぐに走り出す。
そしてそのまま引き戸を思いっきり開ける。
後悔した。
キミがナニをしていたのかを知ったから。




