89.
「ごめんね」
なぜボブ女が謝るのか。
「キミのせいじゃないだろ?」
「でも、ウチのせいやねん」
ヘラっと笑うボブ。「大丈夫?」
そう言って伸ばされた手を掴むボク。
「ありがとう」
「ウチ、自分の事な好きやってん」
何か吹っ切れたのか、突然ボクにそう話しかける。
ボクは黙ってボブ女の話を聞く。
「でも、もう諦めてん。分かり易すぎ?髪、切っちゃうの」
ヘヘヘと短くなった髪を弄りながら少し顔を赤らめ笑うボブは可愛くて、
亡くなったあの女の子を連想させる。
胸がチクリと痛くなる。
「アイツもね、本当は仲良くなりたかっただけなんやで」
もう姿は見えないけれど、去ってしまったアイツの影を追うように
誰もいない廊下を見つめながらボブ女は言う。
「でも、心開かんかったやろ?」
ボクは考える。
心当たりは全くないのだが、
知らず知らずのうちに壁を作っていたのかもしれない。
苦手なタイプの人間だし。
「イジメはアカン。それは絶対」
でもね、とボブは続ける。
「彼のことも、少しだけ理解してほしい。
実らんって分かっている片想いを続けて、
その上家族に変に期待されるも、中々勉強は結果がでず…。
そしてそれを両親に責められる日々。
全てを東京からきた他人に追い越され、
歩み寄ろうとするも距離は縮まらない…。
プライドを傷つけられ、イライラが募り積もって、
醜い嫉妬と焦りで狂ってしまった彼の気持ちを」
ボブ女の説明で何となくアイツの心情を理解はしたけれど、
しょうもない理由すぎて肩透かしを食らう。
どれだけボブ女に説明されようが、
やっぱりアイツの行動に納得はできないし、
許すことなんて一生ない。
ボクを辱めることで、ボブという好きな女の子の気を引こうとしたのも。
ボクを虐めることで、勉強では勝てない自分の自尊心を保とうとしたのも。
人間の感情ってめんどくさいな。そう激しく感じた。
「今度、嫌なことあったらさ、思いっきり自分の思いをぶつけなよ。
それこそ、今までやられっぱなしやったんだから、
やりかえしてもいいんじゃない?バチなんかあたらんって。
ウチ、暴力は嫌いやねんけど、
それでも、暴力でしか解決しないこともあると思ってるからさ」
「考えとくよ」
ふふ、と優しい顔で笑うボブ。
ボクはあの男の血が繋がっていると思いたくないから、
きっとやり返したいと心では思っていても、今後も暴力は避けるだろう。
でもそれを彼女に伝えるほど、ボクたちは深い知り合いではない。
「保健室いく?」
ううん、と首を横に振る。
「軽く汚れだけ落として、教室行くよ」
「分かった。ウチは先に戻っとくね」
それから、あ、と思い出したように振り向いてボブは捨て台詞を残す。
「あと、余計なお世話かもしれないけれど、
あの子は本当にアカンよ。近づいたら、不幸になっちゃうから」




