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82.

 「テレビで、新聞で、誰かの会話の中で…。

  あの人のことをボクは何度も耳にした。

  でもボクは男の心情を全く理解することはできなかった。

  ボクの大切な友人に好意を勝手に抱いて、

  その彼が同級生に奪われるのが怖かったから殺した?

  しかもその後、声変わりが始まる前に自分の手で男にしたかった?」


 目がこの不気味な暗さにすっかり慣れたボクは、

 豆電球の奥にあるヒビの入った天井を見つめる。


 「たまにあの時の事件を思い出すんだ。

  でもやっぱりあの男の心情なんて全く理解できない」


 「うん…」


 「あの人が逮捕されたのは、ちょうど3学期の始業式の前だった。

  初めは二人で家に来ていたのに、 

  いつの間にか沢山の警察の人が家の中に入ってきて。

  誰かが母さんに説明し、紙を渡し、

  母さんは言われるがまま離婚届を書いていた…。

  ボクはその様子を黙ってみていた。

  隣で婦警さんが何か話してた気がするけれど、全く記憶にないんだ。

  多分、誰にも連絡しないで、とかそう言った類の事だったと思う。

  ただ…。突然にあまりにも現実離れしたことが起こりすぎたから…。

  つい、大人たちの目を盗んで、母さんの携帯を借りて電話したんだ。

  彼の家に。助けを求めて。藁にもすがる思いで」


 「うん…」


 「でたのは、彼の母親だった。すごく心配してくれた。

  でも、電話越しの相手がボクだと気づいたんだろうな。

  携帯の奥で言い合う声が聞こえたと思ったら…」


 涙で声がでない。でも、最後までキミに伝えたい。


 「懐かしい彼の声に変わったと思ったら、

  すっごく、すっごく強い声で、憎しみのある声で。

  罵詈雑言を浴びせられた。

  それは、もう知ってる親友の声ではなかった。

  ボクを憎んで、ボクを嫌って…」


 キミはもう何も言わなかった。

 腕ではなく、今度はボクの体を優しく抱きしめ、

 ずっとずっと体をさすってくれていた。


 「その後、卒業前に小学校を転校して、中学校へと進んだけれど、

  ボクの家族のことが世間にばれた。

  厳しい目で近所からも学校でも監視され、悪口を叩かれる。

  ボクが少し手を振り払っただけでも暴力と言われる。

  何度も何度もPTAに、保護者説明会に呼ばれて…。

  ついに母さんはより遠い関西に引っ越すことに決めた。

  普通の生活が送れる、と思って。

  だけどあの事件が世間にばれなくても、ボクの現状は変わらない。

  理解したんだ。

  ボクが人並みの日常を送るのを神様は許してはくれないんだ、って

  ボクは殺人犯の家族だから虐めにでもなんでも耐えないとダメなんだって」


 「そんなことな…」


 キミの否定する声にボクはかぶせる。


 「やり返せって、キミは言ったろ?

  でもボクは自分自身も怖いんだ。

  アイツの血が流れているから人に暴力を振るうことが。

  もしかしたら、あいつのように急にカッと血が上って、

  誰かを殺してしまうかもしれない。だから…。


  暴力は嫌い。やりたくない…」



 ボクもキミも何も言葉を発しない。

 暫くの間、無言の時間が続いた。

 どのくらいの時間がたったのだろう?


 「こっち向いて」


 キミがこの静寂の中、言葉を落とした。

 ボクは言われるがままキミを見る。キミは優しい顔でボクの頭を撫でる。


 「一人でずっと頑張ってたんやね」


 冷たいキミの手がボクの頬をつたる。


 「ねぇ、キスしていい?」



 へ?



 ボクの答えを聞く前にキミはボクの唇に

 甘い香りとともに、柔らかな感触を落とす。



 「ここまでついてきてくれてありがとう。

  辛いことを教えてくれて、ありがとう。

  一緒にいる間はウチが絶対に守るから」





 ボクのファーストキス。





 あれからね、”東京”と聞くと、

 辛くて悲しい記憶ではなくて、

 キミと過ごした楽しくて甘酸っぱい、この時のこそばゆい思い出が

 まず第一に思い出されるようになったんだ。


 こっちこそ、キミにありがとうと伝えたい。

 もうキミには直接言えないけれど、本当に感謝しているんだよ。



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