61.
バチン
強い音がフロア一体に響き渡ると同時に、
キミのふんわりとした髪が視界に入った。
ボクはその瞬間を目の当たりにしていたはずなのに、
なにが起きたのかすぐに理解できなかった。
ただ、後ろ姿なのにも関わらず、
キミが静かに怒っている、ということだけはひしひしと伝わってきた。
フロア全体に響き渡った音。
キミがボクの元親友の頬を思いっきり引っ張叩いた音だったと分かったのは、
その後静寂が破られ、
野次馬のざわざわとした音が耳に入り現実に引き戻されてからであった。
周りにいる観光客も、カップルも、子ども達も皆、皆、キミを見る。
叩かれた男。そしてその視線は次にぼーっと立っているボクへと移る。
「言いたいこと、それだけ?」
そう唸るキミ。
元親友は顔を真っ赤にさせてキミを睨んでいた。
「おい、てめぇ」
キミの胸ぐらをつかもうとしたから、ボクが横から入ってそれを制止する。
「やめなよ」
元親友を見上げるボク。
あれ…??
目の前で涙目になって震えながら睨みつけてくる元親友。
ボクを虐めてくるアイツよりもずっと身長は高いはずなのに、
なぜか元親友はとても小さな存在に見えた。
認めたくはないけれど
アイツの虐めで知らず知らずの間に鍛え抜かれていたのだろう。
元親友は、アイツよりもずっと小さく、とてもひ弱に見えて、
ボクでも押したらすぐに倒せるのではないのだろか?
ついそう感じてしまった。
- コイツになら代わりに叩かれても、全く痛くなんてないんだろうな…
「おま…」
微動だにしないボクの真顔に元親友は一瞬怯む。
「アイツが俺の…」
知ってる。頬を叩かれたんだろ?見てたよ。
ワナワナと震えながら訴えてくる彼が少し可哀想に思えた。
だけど…
「先に手を挙げたのは確かにこっち。それはごめん。
だけど、やられたらやり返すの?女の子なのに」
ブっと後ろで噴き出すキミに若干イラっとしたけど、続ける。
「先に口撃してきたのはそっちだろ?おあいこじゃん」
ブルブル怒りで震えだす元親友。
だけどその怒りの火に油を注ぐキミ。
「人殺し、人殺しいうてんけどな、
コイツ自身がお前になんかしたんか?
小さいねん、お前。チ〇コついとんか!?」
キミの汚い言葉に周りの野次馬の声が大きくなる。
恥ずかしくなって、この場に居たたまれなくなったボクは、
この場から急いで逃げ出したくなった。
キミの手を引っ張って、エレベーターの方へと足を向ける。
「ねぇ、彼女さん」
ボクたちの行く手はまるでモーゼの十戒のように
周りから避けられ、開かれる。
キミは怒っているのか、笑っているのか、
なんとも良く分からないトーンで元親友と一緒にいる女の子に捨て台詞を吐く。
「ソイツ、DV気質あんで。さっさと別れや」




