28.
横殴りの雨が激しく降り続ける中、ボクは母さんを見送った後すぐに家を出た。そしてある場所へと一直線に走り向かっていく。
チャリは使わなかった。だって、もし事故でもしようもんなら、母さんに何でこんな雨の日に出かけたの!?みたいな感じで、また涙声で問い責められる、と思ったから。
ボクは傘をさして走る。だが途中、強い風のせいで傘が逆向きになってしまった。もう傘は本来の仕事をなせるものではない。けれども、それでもボクは懸命に走った。
ボクには根拠のない自信があったから。
キミに会える、ということを。
ボクはただただその直感を信じて、がむしゃらにこの暴風雨の中を走っていたのだ。
*****
ネコヤナギホールにようやく到着した。
「……」
正面玄関の扉の前に一枚の紙が貼ってあったのが目に入った。
【台風接近のため、臨時閉業】
当たり前だ。こんな暴風雨の中、開いている方がおかしな話である。でも、ボクの直感の灯はまだ消えてはいない。きっとキミはいるはずなんだ。ボクは土砂降りの雨の中周りを見渡した。
なぜかは分からない。根拠だってない。だけど、どうしてもキミがここにいる気がしてならないのだ。キモイって、変態だって、思われるかもしれない。でも…。でも、確かにキミを感じる。
ボクはゆっくりとネコヤギの周りを歩いて回る。
「はぁ、はぁ…」
傘が壊れたからボクはびしょ濡れ。でもそんな中、ある場所が目に留まった。それはネコヤギのチャリ置き場。屋根があるから雨風をしのげるし、少し奥まったところにあるから、職員の人以外滅多に立ち寄らない…。今日、ネコヤギが閉館してるってことは、誰もここに立ち寄らない筈…。
ボクは何か不思議なものをそこのチャリ置き場から感じた。躊躇わずそこに向かって歩いていく。
「そんなところで何してんのさ?」
よかった。ボクの直感は当たった。
キミはチャリ置き場の隅っこで体を丸めて座っていた。雨風しのげる場所なはずなのに、キミはなぜか傘を持たずにびしょ濡れの姿だった。
初めてみるキミの私服姿。薄いシャツも雨に濡れてしまい、キミの体のラインがくっきりと浮き出してきている。何だかいけないものを見ている気がしてドキドキと鼓動が激しく脈を打つ。
「なんで…?」
キミはボクの声にこっちに振り向き、目をまん丸に大きく広げて小さくそっと呟いた。
初めてみるキミのすっぴん顔に目が釘付けになる。
いつもは化粧で上手に隠してあるその黄色い内出血のあとも、紫色に晴れ上がった深い色の痣も、今日は隠しきれていなかった。ボクじゃない他の人がキミのその顔を見たら、きっとかなり驚くものであるにちがいない。それくらい酷く腫れあがっていた。
だけどボクは違った。始めてみるキミの素顔。
ボクは女性を見て、初めて心の底から 〝美しい〟 と感じた。
 




