23.
「おばさん、なんか言ってた?ほら、めっちゃ心配してたからさ……」
今日のキミの登校はいつもと違った。キミはどれだけ早くても二限目以降からではないと学校に来ないのに、ボクの前の席の子の椅子に腰かけて、ボクの登校よりも早く来て待っていた。
キミはボクを心配そうにのぞき込む。
一方でボクはなんとも言えない気持ちだった。ただ、キミの気遣う声に、ゆっくりと首を横に振ることだけで精一杯だった。とてもじゃないけれど、母さんがキミともう関わるなっていってる、なんて口が避けても言えやしない。
「大丈夫。ちょっと心配してたけど、納得してくれたよ」
笑顔の作り方を忘れていてよかった。と、この時ほど思ったことはない。きっとボクの作り笑顔なんて、勘のいいキミはすぐに気づいただろうから。キミの今の表情を見てボクは確信する。そんなに困った顔を浮かべているということは、ボクのこのポーカーフェイスからはキミは何も感じ取ることができなかった、ということなのだから。
キミは暫く怪訝な表情を浮かべながらボクを見つめる。けれど、何も読み取れないボクの表情に一息ため息をついたかと思えば、「良かった」と今度は優しく微笑みを返してくれた。その優しい笑みに何だか胸にチクリと痛い思いがした。
「ねぇ、この前の続きなんだけさ、忘れてへんやんな?」
キミはいつもよりずっと小さな声でボクに話しかけてきた。その様子に少し違和感を感じ、ボクはキミへと視線を向ける。キミと目が合ってドキリと心臓が高鳴った。いつもと同じ、見慣れたキミの顔。だけど昨日の今日だからボクは見逃さなかった。こんな近くでボクに話しかけてくるキミの顔の違和感を見抜けないほど、ボクは愚かな人間ではない。
「もし、ウチがさ…」
最近暑い。蒸し蒸しと暑い。だからこの汗は決してキミに緊張しているわけではない。この気温のせいなんだ。
「もしどれか一教科でも平均点以上の点数が取れたら、そしたらな、東京についてきて…?な?」
キミの声はまだ居ぬセミの声にかき消されたかのように思った。だって、キミの声はボクの耳に何も届くことはなかったから。けれどその一方で、ボクの目線はキミの瞳に釘付けだった。いや、瞳ではない。
真っ黒にアイシャドウを塗りたくったその下から見え隠れしている、そのまだ真新しい紫色のアザに。ボクは見てはいけないものを見てしまった気がして、そっと息をのんだ。