21.
- あ~あ。タイミング悪いな…
ボクは母さんの登場に心の中で悪態をついていた。
顔のキズに、制服の汚れ…。
何て言い訳をしようか?
そればかりが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「え…?誰?もしかして、お母さん?」
キミはボクの耳元でそう小声で聞いてきた。けれど、ボクはその声を無視して母さんに話しかける。
「今日仕事早く終わったんだね。お疲れ様」
ハハハと乾いた笑い声で何とかこの場を打開しようする。
この重たい空気を何とかしたい。話しながら妙案でも思いつくかと思っていたけれど、軽くパニックになっていたボクはこの後に続く言葉を思いつかないでいた。
だから母さんは余計に何があったのかと顔を真っ青にして口をパクパクさせながら近づいてくる。「え…その傷…。な、何があったの?」母さんも少しパニックになっているのだろう。声がかなり震えていた。
母さんが一歩一歩ボクに震えながら近づいてくる。今見ているのが幻であってほしいと懇願するような視線が彼女からチクチク発せられている。
「いや…あ…えっと…」
ボクの返答がどもっている時だった。
「ごめんなさい!!!本当にごめんなさい!!!」
キミは大きな大きな声を上げて謝罪して、深く深く頭を下げた。
「え?」
困惑の表情を浮かべながらキミを見るけど、キミはボクの方を一瞥もすることなく母さんに話を続ける。
「いつも助けてくれるんです。私がちょっとやんちゃなグループに絡まれている時、息子さんはいつも私を庇って、その人たちから私を守ってくれるんです」
「「え??」」
キミのありえない作り話にボクは驚き小さく声を上げて、母さんは少し困惑しながら声をこぼし、綺麗にハモった。
そんな話が出てくるとは夢にも思わなかったのだろう。母さんはキミに対する返答の言葉を探し、少し沈黙する。キミは賢い。そんな母に畳みかけるように作り話を広げていく。
「最近エスカレートしてきているので、先生に相談しよう、って言ったんですけど、私のことを慮って、それは辞めておこう?って…。いつも黙って助けてもらうばかりで…。本当にごめんなさい。もっと早くお家にお伺いして、謝罪と感謝を伝えるべきでした」
今自分の真横にいるのがキミであるとすぐに呑み込めなかった。だっていつものヘラヘラして話すキミとは別人のような丁寧な言葉を使って説明していたからである。
「え、あ…。いや…」母さんは圧倒されてもう言葉を失っていた。「あ、あなたは大丈夫なの?」やっと声にだした言葉にキミは笑顔で頷く。
「はい。いつも助けてもらっていますから」」
「ここで大丈夫だから」ボクはキミにそう言った。
キミがボクのことをまるでヒーローのように話すから、ボクはこの空気に居たたまれなくなってしまったのだ。だからなんとかして早くキミに立ち去って欲しくなった。
キミはやっぱり賢い。すぐにボクの嫌がる空気を悟ってこの場から立ち去ってくれる。
「じゃあまた、学校でね。いつもありがとう」
本当はボクが感謝を述べなければならないのに、キミに言わせてしまった。でもボクは卑怯者だから、多少罪悪感は感じるものの、平気な顔をしてキミのその言葉を受け取る。
「うん」
こうしてボクたちは今日この日、別れたのだった。