20.
「もう大丈夫」
一体キミはどこまでボクに連いてくる気なのだろうか?
ボクの腕を強くつかんだまま放してくれないキミは、ボクのどんな問いかけにも応えることなく、無言でボクの隣を歩く。
「もう、家着いたから…」
ボクとしては一刻も早く家に帰りたかった。母さんが帰ってくるまでにこの制服についた泥や土埃を洗い落としたかったからである。
だけど、キミはやはり手を放してくれることはなかった。ただ口を開けてはすぐにそれを閉じて…。それは何かをボクに伝えようと試みるも、それを躊躇っている。そんな風に見えるものであった。
「ねぇ!う゛っっ!!いたっ」
泥だらけでボロボロになったボクと、化粧も見た目も派手なキミとのツーショットはやはり目立つ。ボクたちの横を通り過ぎる人たち皆がボクたちを横目でジロジロ見てきた。ボクはその視線に耐えられなくなってついキミに大きな声を出してしまったのだが、ボクは本当に情けない男だ。口を大きく開くとともに、唇の両端にできた傷口から鋭い痛みを感じた。
キミはようやく重たい口を開く。
「……」
「え?」
けれどキミの声はとても小さくて何も聞こえない。
「何で…何で黙ってたの?」
「何が?」と続けようとしたがやめた。キミの鋭い視線と目が合ったから。今度はボクが口をモゴモゴとさせる番だ。
「ウチのせい?」
「違うよ」
ボクは慌てて訂正する。
「キミのせいな訳あるもんか。ボクが抵抗を諦めたから。それでアイツは味をしめて…」
「ねぇ、何でそんなに悲観的なの?アイツのどこにそんなにビビってんの!?刺し違える覚悟でやり返せばええやんか!男やろ?」
キミは怒っていた。初めて会話したあの時のように、ボクの為に怒ってくれていた。
「前にもキミに言ったけど、関係ないだろう?もうあと数か月だけなんだから。卒業すれば全てが終わるんだから」
「後数か月って…。まだ半年以上もあんねんで?」
「でもそれがキミに関係あるの?」
自分でも感じ悪い、と思っている。だけど少し本心でもあった。これは、母さんにもキミにも言えること。ボクは助けを必要としていないのだから、放っておいてほしい。ボクを気にかけて変に寄り添ってきてほしくない。だって…。
それがとてもとても情けないものに感じてしまうから。
「何か協力できるかもしれないじゃない!」
それでもキミは母さんと同じように食い下がる。
「でもキミは学校に来ないじゃないか!」
耐えきれず大きな声を上げてしまうボク。これはボクの本心だった。
キミが登校してくれている時はボク虐められない。でも、キミは学校にくるようになったとはいえ、それでもまだ欠席が多い。本当は毎日学校に来てほしいんだ。だってそうしたら、ボクはアイツたちに虐められることはなくなるのだから。でも…。そんなこといえるわけない。男のボクが女のキミにそんなことを頼らなければならないなんて、これをキミに伝えるのが恥ずかしい。
だから…。
自分の情けなさを隠すように、キミに八つ当たりするかのように、感情を思いっきりキミにぶつける。
でも、ボクの大声に固まるキミを見て、またやらかしてしまった、と反省した。ボクは本当に情けない。男として、人間として失格である。
「ごめん。これはボクの問題なんだ」
「ウチだって…。ウチだって学校に行きたいよ…」キミは悲しそうに笑う。「でも、どうしようもないんだから。ウチはまだ…」
「あら?どちら様?」
はっと二人で振り返る。そこに母さんが立っていた。