18.
「一緒に帰ろうぜ?な?」
すっかり油断していた。
だってこのテスト前の一週間は、今までアイツに呼び出し何て食らうことのない天国週間であったのだから。これはボクがキミと出会うずっと前からそうだった。
なのに、今回は違った。ボクの肩に腕を回して、低い声でそう脅してきたのだった。
ボクの胃はキリキリとして痛みを発してき始めた。そしてそれと同時にキミのことが頭によぎる。例え学校に登校することはなくても、この一週間は、中間テストの時と同じであったようにネコヤギには毎日キミは顔を出していたから。だからボクは思っていた。今日もきっといつものようにあの人懐っこい笑顔でボクをネコヤギで待っているに違いない、と。
もしボクが傷や泥だらけで行ったら?
あるいは行かなかったら?
確実にキミはボクのことを心配してくれるのだろう。そう思うとなんだか申し訳なく感じた。ボクとキミの関係なんてこの数か月だけの希薄なものにも関わらず。なぜかキミに心配をかけたくないと思っていた。次キミにあった時になんと言い訳すべきだろうか?そのことばかりが脳裏によぎる。
「ほら、行くぞ」
アイツの低く脅してくるような声に、ボクは心の底から、コイツが早く消えていなくなってしまえばいいのに…。そう思い始めていた。
*****
「調子乗ってんなよ!!」
公園へ着くや否やボクは思いっきり腹にグーパンを食らう。昼ご飯に食べたおかずが少し溶けた状態で口から出てきた。でもアイツはそんなボクの吐しゃ物には目もくれず、何か憑き物を落とさんとするかのように言葉を発することなく、静かにただただ一心不乱にボクを殴って、蹴って、暴行をし続ける。
ボクは暴力を受けながらも、頭はなぜか冷静だった。
なぜいつもと違い取り巻きが二人ともいないのだろうか?
とか、
なぜテスト前の大事な時にボクなんかに時間を使うのだろうか?
とか、
なぜ、ボクの吐しゃ物に触れることをためらうことなく殴りつづけているのだろうか?
と。
そんなことばかりを暴行を受けながら考えていた。
ボクがそんな風に心ここにあらず、の状態であったから…。
「テメェ、聞いてんのか!?」
どうやらそんな態度が、アイツの怒りの火に油を注いだようだった。よりヒートアップしたアイツがボクに大声で怒鳴り、渾身の膝蹴りをボクに披露する。そしてそれは、ボクの頬にクリーンヒットした。
歯が折れたのかもしれない。
頬がジンジンと痛む。それに、口からも鼻からも血がポタポタ落ちてきた。
いつもより冷酷にボクを傷つけるアイツ。背筋が凍り、恐る恐る自身の顔を上げるボク。
その時、アイツの魚の死んだような目と目が合った。
瞬間、思わず身震いした。そしてこの歳になって初めて、恐怖で漏れそうになるという体験をした。何とか膀胱に力を入れ、踏ん張ることができたけれども…。
- ああ。コイツはボクをこんな無表情な顔で殴っていたのか…
ボクは初めてコイツのことを怖いと思った。こんなに人間味のない奴だなんて、ボクは初めて知ったのだ。
まだ楽しんでボクに暴力を振るっているのならば、彼はサイコパスであるのだと理解はできたのかもしれない。だけど、無表情のままボクを殴っていたアイツはまるでロボットのようだった。人間の心を持っていない、ただそれを流れ作業のように淡々とこなすだけ。
コイツはなんでボクをこんなに目の敵にするのだろう?
なぜボクはコイツに永遠と暴力を振るわれて、それを黙って耐えているしかいられないのだろう?
この理不尽さにボクの目頭は自然と熱を帯びてくる。
でもボクは臆病だから…。
アイツを睨むことも、『やめて』ということもできない。ただ現実逃避をするために静かに目をつむり、黙って殴られ続けていた。