17.
期末テストがもう近い。
キミが学校に登校していようとしていまいと、アイツから虐めも暴力も受けることのない、ボクにとっての天国の一週間が始まる。
「夏休み、どうするの?」
もうボクたちの中では暗黙の了解で、日課のようになっていた。キミが登校した日は放課後にネコヤギに寄るってことが。今日は久しぶりに登校してきていたキミとネコヤギに向かっている。そんないつもの道中、キミはボクにそう尋ねてきた。
「一応受験生だし、勉強かな」
ボクは無難にそう答える。
「ネコヤギで?」家で、答えようとしたボクに被せるようにキミは聞いてきた。
少し考えるボク。またずっと家にでもいるようなもんなら母さんに変に心配させてしまうかもしれない。また勘ぐられるようなことがあるのならば…。
「た…ぶん?」
そんな気持ちが交差してボクはキミにそう返答を返すことにした。
「何で疑問形やねん」ケラケラと笑いながらキミは言葉を紡ぐ。「聞いたけどさ、全然余裕なんでしょ?成績。なのにそんなに勉強するの?」
「ま、他にやることないからね」
否定も肯定もしない。これは知っていて欲しいのだが、ボクは決して勉強が好きだ、というわけではない。かといって別に夏休みだから、と言って遊びに出かけるような友人も、会うような知り合いもいない。中学一年の時にできた友人はアイツに虐められるようになってからというもの、疎遠になってしまった。そう、ボクは寂しい人間なのだ。
「ねぇ、お願いがあるの」
「お願い?」
どうせまた夏休みの間も、ネコヤギで勉強を見てくれ、とかそうことをボクに頼むのであろう。そう鷹をくくっていたぼくは、さも興味なさ気に相槌を打つ。
「でも、これは本当に一生のお願いだから…」
変にもったいぶるんだな。ボクはぼーっとキミのハスキー声を右から左に聞き流していた。
「だからね、もし期末でどれか一つでも平均点を超えられたら…。そうしたら聞いてくれる?ウチのお願い」
「うん、いいよ」
別にそんなこと大げさに頼みこまなくったって、夏休みも勉強くらい付き合ってあげるのに。それに、ボクはキミといると最近心がふわふわとして落ち着くんだ。だから別に苦痛でもなんでもないのだ。
「ホント??」
驚いた。
だってボクのそっけない返し言葉に、キミはまぶしい笑顔を浮かべてボクに抱き着いてきたから。女の子に自ら抱き着かれることなんて、ボクの記憶の中では今までにない経験である。今まで生きてきて一番の驚きだった。
「男に二言は無しやで?」
でもボクは決してこのドキドキを顔に出すことはしなかった。
肩から漂うキミの下品な化粧品の匂い。それに顔をしかめながら、ただただ無表情でキミの言葉をぼんやりと耳にしていただけだったのだ。