16.
「ねぇ、聞いたんやけどさ?」
母さんのことで少し気分が暗くなっていたボク。キミはそんなこと知ってか知らずか、ボクの前の席に座って短いスカートからスラリと伸びている長い足をブラブラとさせながら、相変わらず呑気な声でボクにそう問いかけてきた。
「なに?」
今日はキミが学校に来てくれたから、昼休みにボクはアイツに呼び出しを食らうことはなかった。感謝すべきことなのに、ボクの頭は母さんのことで埋め尽くされていたため、キミの問いにもそっけなくしか返事をすることができないでいた。
「※見回りおじさんって知ってる?」
唐突なキミからの質問にボクは一瞬固まった。そして記憶を懸命に探り出す。
その人の名前どこかで聞いたことがあるような気がしたからである。
けれど、結局答えに確信が持てなかったボクは、「その人がどうしたの?」とキミに質問返しすることにした。
「事情があってね、学校に行けなかったり、行かなかったりして、夜に一か所に固まって集まっている問題児を見回って、話を聞いてくれたり、相談に乗ってくれたり、抱えている問題を解決に導いてくれる奇跡の人…。なの」
キミのその回答にボクは気が付いた。ああ、いつしかの報道特集でみたことがあった人だ、と。
「あ~。思い出したよ。確か、昔よくテレビで特集組まれていたよね。最近はあまり見ないけど…。でも、その人がどうしたの?」
「いや、さ…。その…」
キミらしくない歯切れの悪い返事にボクは首をひねる。
「いや、ちょっと会いたいな~って」
「あれ?こっちで活動していたっけ?もしかして、東京まで会いに行くの?」
昔見た報道特集。彼の行動範囲は東京の問題児が集まるあの場所だったはず。なんでその人に会いにそんな遠くまで行こうとしているのか、ボクは理解できていなかった。キミからのSOSだったのに、ボクは全く気が付かなかった。
「そう、東京まで行くつもり。で…、アンタが東京出身って聞いたんやけど…」
「ああ。うん。そうだよ」
よくそんな事知ってるな、と感心するボク。なぜならその情報はボクが中学一年の時に引っ越してきた時に、クラス内で紹介されたときにしか伝えていなかったから。誰がキミに教えたのだろう?そんな昔のボクの情報をまだ知ってくれている人がいることに、自分自身が一番驚いていた。
「教えてよ。彼がどこにいるか」
「え?あの人ってあの有名な場所にいるんじゃないの?」
そう言って記憶の中にあった、有名な不良少年少女たちの集まる場所をあげる。
「でも最近そこらで活動をしていないみたいなの…。だから、アンタなら東京の問題児が集まる場所、他にもどっか知ってるんじゃないか、ってそう思って。そもそも、ウチは東京の地理なんて全然詳しくないし…」
「東京っていっても広いんだよ?人だって多いし…。今活動しているかどうか分からない人をどうやって探すって言うんだよ」ボクは何に興奮し、何をそんなにかたくなに否定していたのか今になって思い出してみても分からない。「それに東京までどうやって行くのさ?ボクにそんなお金はないよ」
でも、ボクの声に「そうやんね…。忘れて」なんてキミが寂しそうに返してきたから、ボクは少し罪悪感を感じてしまったことは、今もまだ鮮明に覚えている。
※見回りおじさん
実在する方の二つ名をかなりアレンジして、記載しました。
私、筆者の尊敬する方の一人になります。
ただ、決して彼の活動を後押しするわけでも、否定するわけでもありません。
弱みを見せない少女が何を求めて彼と会いたいと願っているのか、
もう少し読み進めていただいて、彼女の心情を理解していただければ、
との思いで登場させていますので、ご理解の程よろしくます。