14.
ボクの三者面談は最終日、真っ暗な空に加え空気の重たい日だった。
その日は梅雨が終わりかけだというのにも関わらず、かなり激しく大雨の降る日。ボクと母さんは薄暗い廊下に二人並んで自分たちの順番が来るのを黙って待っていた。
「ありがとうございました」
美しい声色と共に、教室から団子頭の女子とその母親が出てきた。そして団子頭はボクに「次、キミの番だよ」と声をかけてくれる。
声がかけられるだなんて思いもよらなかったから、「あ、あ、ありがとう」と、ついどもりながら返事をしてしまうボク。
一方で母さんは何食わぬ顔でペコリとお辞儀して静かに団子頭に微笑みを返す。こうしてボクたちは緊張の面持ちでシラガの待つ教室へと入室した。
*****
「もう少し上の高校目指せるけど、本当にここでいいのか?」
シラガの問いにボクは無言で頷く。
「全然推薦狙える成績だぞ?」
論外である。なぜならシラガが言っている推薦の貰える高校とは、アイツが第一志望に希望している高校。そこは、学校からの推薦がなければ受験することもできない進学校であり、推薦をもらえる人数も限られている。
シラガは担任なのだから、もちろんクラス全員の希望校を知っているはず。にも関わらず、虐められているボクに声をかけてくるだなんて、正気なのか?ボクは心の中でシラガに舌打ちする。
絶対にアイツの同じ高校に通うなんて死んでも嫌だ。だからいいんだ。このままで。アイツと同じ学校でないなら、偏差値が高かろうが低かろうが、正直どこでもいい。
「それより、先生?うちの子いつも制服がぐちゃぐちゃで帰ってくるんです」
進学のための三者懇談だというのにも関わらず、母さんは俺の将来の話より、もっとシラガに聞きたいことがあるみたいだった。
「この子、虐めとか…」
ぎくりとした。母さんにばれないように、アイツらから暴行を受けた後、母さんが帰宅するより早く、家へ戻っていたボク。そして、ほこりや土や血の汚れをとるために母さんに内緒で制服を手洗いし、乾燥機にもかけていた。気づかれないようにこっそりとしていたのに、母さんにはどうやら全てお見通しであったようだ。なんだかそれがたまらなく恥ずかしかった。ボクのことを心配してくれているだけなのに…。母のその優しさが過保護に思えてしまって、シラガに今にこうして相談されるのがたまらなく恥ずかしいことだと思ってしまった。
「違うって!」
つい大きな声で母さんの心配する声を遮ってしまう。
「遊んでただけなんだ。怒られると思って自分で洗ってただけ。母さんは心配性すぎるよ」
「そうですね。息子さんは学校でもとても真面目に就学なさっています。たまにお友達と羽目を外されることもありますが…」
「でも…」
母さんはそれでも食い下がろうとする。その一方で、ボクはシラガを睨む。どの口が言っているのだ、と。お前はいつも見て見ぬふりをしているだけじゃないか。羽目を外す?あれを同級生同士の遊びだと本気で思っているなら、お前は人間を生まれたときからやり直せ!本気でそう思った。
「さすがに〝血〟はおかしくないですか?」
母さんは食らいつく。だが、シラガはボクの顔色が変わったのをみて、
「で、お母さまはいかがですか?もう少しレベルの高い学校に息子さんを通わせたいと思いませんか?」と慌てて話をそらした。
「どうしたいの?」
急に話を変えられたことに、母さんは少し怪訝な顔を浮かべたものの、すぐにボクの方へ顔の向きを変えそう問いかけてきた。そう、母さんはどんな時でもボクを尊重してくれる。それは嬉しい。だけど、それが時々重荷にもなっている。
「昔あそこの学校行きたがってたでしょ?あの部活、この辺やったらあそこしかないんだって、昔よく言ってだじゃない」
よくそんな昔のこと覚えてるな、と母さんの記憶力に感動する。ボクはまだソレが好きだ。でも…。
「推薦もらえるなら、挑戦だけでもしてみたら?」
ボクは首を振る。
「いや、いいよ。母さん、好きだったのはずっと昔のことだったんだから…。今はもう、大丈夫。そんなに興味がないんだ」
アイツと同じ学校になるかもしれない。それを避けるがために、ボクはこうして何食わぬ顔で嘘をつく。
「推薦には各学校、確かに人数に枠がある。だけど、もし友人に気を遣っているなら、安心しろ。お前の方がずっと成績がいいから、もし狙うなら先生はお前を推してやるから」
シラガの声にボクはびくりと肩を震わせる。
「いや、大丈夫です」
でも、ボクの答えに何か違和感を母さんは感じたようだった。
「私立でも問題ないのよ?あんたが望むんやったら…」
「いいよ」
ボクはいつからか諦め癖がついてしまい、未来に希望が持てなくなってしまっていた。
もういいんだ。ボクは平和な時を過ごせるならどこでもいい。
こうしてボクの返答に納得しない母さんをよそに、三者面談が無事終わった。
外に出る。教室前の椅子に、次の家族が座って待っていた。ひときわ上品な身なりをした小綺麗な女性の隣にいたのは…、
アイツだった。
意外と教室の声って外に漏れやすいんだ。知ってた?このボクの三者面談がアイツに丸聞こえだったなんて、シラガは思いもよらなかったんだろうな。