13.
パタパタパタ
アイツと取り巻きたちがボクの上から去ってから少しして、廊下の奥の方から上履きの音が少しずつボクの方へと近づいてくる音が耳に入ってきた。ボクは痛む腹を抑えながら、少しずつ体を上へとあげる。どれだけボクが虐められている、と周りの生徒たちに知られていようと、実際にこんな風にうずくまっている姿を見られるのは嫌だったから。これは自分のプライドの問題である。
「大丈夫?」
目の前にドアップで団子頭の女の子の顔が目に飛び込んできた。
キミのハスキーボイスとは違って、この女の子声は鈴のようにリンとした美しい声。この声にボクは聞き覚えがあった。ほんの少し前、アイツをこの場から遠ざけてくれる手助けをしてくれた声と同じだったから。
「大丈夫?急に起き上がらない方がいいよ」
そう言ってボクの背中に団子頭はその華奢な腕を近づける。ふわりと彼女の首元から花の優しい香りが漂ってきた。
「大丈夫」
ボクの心臓はバクバクと激しく打ち始める。
こんなに近くによらないでほしい。なぜなら、綺麗な女の子をボクの汚くて臭い胃液で彼女の制服を汚したくなかったし、それが原因で、女の子がボクに嫌な顔をするかも、と思ったからである。蔑むようなあの冷たい視線はまだ慣れない。今のボクにはそれはまだ精神的に堪えるものなのである。
「ごめんね…」
でもボクの想像とは異なり、団子頭は消え入るような声でボクに謝罪してきた。
そういえば、キミがボクの傍にいてくれるようになってからというもの、今まで見て見ぬふりをしていた傍観に徹する生徒たちからの謝罪の言葉をよく耳にするようになった気がする。でも、ボクは知っている。彼らの謝罪のほとんどは心からのボクへの謝罪ではなくて、ただ自分の罪悪感を消すためだけに発している無意味な言葉のそれであるということを。
だけどボクだって馬鹿じゃない。キミとの会話で学んだんだ。一々棘のある言い方で謝罪に反抗してはいけない、と。
ボクは黙って立ち上がり、団子頭に一度軽くお辞儀をした後、無言で彼女とは逆の道へと足を進め、教室へと戻っていった。