10.
「何、その顔?」
次の日、キミが学校に来ていることに少し動揺した。
だってキミは他の生徒とは異なって、ボクを見て見ぬフリをすることなく、執拗にボクに良く絡んでくるから。そしてキミはきっと躊躇することなく、ボクの顔にできた真新しい傷に対して何か問いかけてくるに違いない。
ああ、やっぱり。ボクの予感は当たった。
案の定、キミはボクの顔の傷を見過ごすことなく、そう問いかけてきた。
ボクは視線を落として「ちょっと転んだだけ」と返す。
なんだかキミと目を合わせることが怖かった。
ボクとキミは一緒にトイレ掃除をさせられたり、ただ中間テスト週間のほんの数日、一緒に勉強したりした仲なだけ。それ以上でもそれ以下でもない、たったそれだけの希薄な関係なのだ。
だからキミに変に同情されたくない。
だって、その優しさがボクには辛いものだから。
もしボクが勝手にキミに期待をしてしまったら?
そしてその後、キミのその自由気ままな態度に、勝手に裏切られた、なんて失望したりしたら?
気分を上げられたり下げられたりするなんてまっぴらごめんだ。
ボクはこれ以上絶望なんてしたくない。
「転んだだけで、そんなキズつかないでしょ?」
でもボクの思いをキミがくみ取ってくれることはない。昨夜の母さんと同様に優しい声をかけてくれるキミ。
「アイツでしょ?」
だけどキミは母さんとは違って、お前はなんでやり返さないんだ、と毎度の如く険しい顔でそう言葉を続けてくる。
「ねぇ、ついてるんでしょ??この前も言ったやん。やり返しなよ」
キミはボクのことを知らないから、そんな無責任なことを言えるんだ。
今までボクがどんな反撃を彼らにしてきたか、キミは知ってる?
ボクへの関心なんてつい最近芽生えてきただけのくせに…。今までの経緯を知ったら、キミだって言葉を選ぶに違いない。そしてボクに何度もその言葉を言うこともなくなるだろう。
だけど、ボクは自分の思いをキミに届けることはなかった。だって今更だもの。今更、ボクのこの現状を誰かに共感して欲しいとかそんな感情はない。もうそんな願いはどこかに捨ててしまったのだから。
「もういいんだ。後数ヶ月の辛抱だから」
「後数ヶ月…?」
アイツは隣の市の高校の推薦受験を狙っているって噂で聞いた。滑り止めも県外の高校だと。だからボクはアイツとは違う近所の公立高校を受験する。お互い別々の高校になればもう関係なくなるんだ。中学を卒業したら、ボクはアイツとこの先人生が交わることなんて一生無い。
「そういえばキミはどうするの?」ふと疑問に思った。「キミは高校に行くの?」
「え?」突然の問いにキミは戸惑い、小さな声で答える。「分かんない。通信かな…」
出席日数が圧倒的に少ないもんだから、学校が嫌いで、進学するつもりがないのだと勝手に思ってたのだ。だからキミの答えが意外だった。通信でも進学するつもり、と思っているという事に。
「だからさ、また勉強教えてよ。数ヶ月の辛抱とか言わないでさ。ウチが一緒にいる時は、キミをアイツらから守ってあげる」
キミの笑顔はいつもボクには眩しかった。