エピローグ
君のおかげで人間に戻れた。
君は犯罪者でも、精神異常者でもなんでもない。
私のたった一人の愛すべきヒーロー。
*****
あの事件からどのくらいの年月がたったのだろう?
あっという間だった気がするし、かなり長い月日だったようにも思う。
施設を出る前、私は一通の手紙を受け取った。
これは被害者家族が受け取れる君との唯一の繋がり。
君が出所する、という通知。
君が逮捕されてから、私は毎日おばさんに会いに行っていた。
でも、会ってはくれなかった。
当たり前だ。
私と関わりを持ってしまったせいで、
君も、君の家族も、再度人生を狂わされたのだから。
憎んで当たり前。
でも当時の私は
そんな風に人の気持ちをくみ取れるほど大人ではなかった。
だから毎日謝罪しに行っていた。
ただ、いつしか近所の人に変な目で見られ、
その視線に耐えられなくなり、ついに君の家に行くことを辞めてしまった。
君に再会できたのは裁判の時。
君の声を久しぶりに耳にした時、涙があふれた。
私があの時、学校に行かなければ。
変な正義感と偽善で君に声をかけなければ。
君をイジメから救おう、なんて大それた事を考えなければ…。
キミがあんな事件を起こすことはなかったのに…。
私は幾夜も君と初めて言葉を交わしたあの日を思い出し、
自分を責めた。
私のせいで、一人のヒーローの人生を狂わせてしまったのだから。
君は少年院に行くことになった。
私が裁判でどれだけ君の無実を証明しても、
どれだけ君のおかげで助けられたと真実を訴えても、
その場にいたあの男たちがそれを許さなかった。
君が殺人を犯したことは変えられぬ事実だから…。
だからこの判定が覆ることはなかった。
ただその一方で、
私を金で買ったあの被害を訴えている男たちは
少年院に入れられることはなかった。
私自身が被害を訴えているのに、証拠不十分で保護観察のみ。
処罰すらされなかったのだ…。
人の心を踏みにじる鬼は社会に保護されるのに、
その鬼を一匹退治した君は少年院に送られてしまう…。
理不尽だ。
自分の無力さに大声で喚いてしまったことを覚えている。
裁判から連れ出される時、一瞬だが君の顔が視界に入った。
もう決して私を見てくれないその顔。
清々しく裁判官たちを見つめる、君の覚悟が決まったその顔。
私は自分自身が恥ずかしくなった。
その後、私は毎日君に手紙を書いた。
涙で滲み殆ど文字の読めない感謝と懺悔の手紙を。
どこの少年院へと行くのか知らされなかったから、君の家に。
何度も何度も手紙を送った。
けれど、もちろん君も、おばさんも、
私に返答を返してくれることはなかった。
殺人を犯した犯罪者の家族と、
被害者の家族、という不思議な間柄。
人生を狂わせた張本人。
もう私と関わりたくないのかもしれない。
ついに手紙を書くことも憚られるようになってしまった。
*****
カツンカツンカツン
あの事件のあった忌々しいアパートに私は戻ってきていた。
あんな事件があってもこのアパートが取り壊しにならなかったのは、
この地域に住む人たちにとっては殺人事件なんて特に関心のないことだから。
アパートの住人も、物件の家主も、土地のオーナーも。
誰もお金のかかる取り壊しも引っ越しも何も望んですらなかった。
そしてあの事件が風化していくと同時に、
また自然とこの地域には訳アリの人たちが集まってきた。
二階に上がり、一番手前の部屋へと入る。
ここが施設をでた私の次の家。
本当はずっと遠くの土地へと行く予定だった。
けれど、君の出所通知に書いてあった帰住地を見て
このマンションに戻ることに決めた。
本音を言えば嫌な思い出がたくさんある前の部屋の方が
きっと良かったのだろうけれど、
事故物件としてほぼタダ同然の家賃へと引き下げられてしまっていたから、
もう既に違う家族が住んでしまっていた。
だから仕方なくこの部屋へと引っ越しを決めた。
夜中になると一番奥の部屋から、
たまに子どもの悲痛な叫び声と怒鳴り声が聞こえる。
そしてきっと暴力が振るわれているであろう鈍い音も。
やはりこのアパートは
今も訳アリの人が好む物件であることに変わりはない。
私はチクリと胸を痛める。
どう行動したら虐待を受けている子どもを救うことができるのか?
私はまだ正解が分からない。
だけど、私のようなひねくれた人間にならないように、
全てに絶望をしてしまう前に、他人を巻き込んでしまう前に…。
今の現状から子どもを出来るだけ早く救い出せるように
私は少しずつ虐待の証拠集めを行い、
裏で児童福祉施設の担当者と連絡を取り合っている。
いつでも助けが必要となれば、すぐに手を指し伸ばせるように…。
まあ、担当者のへなちょこ男は
重い腰をなかなか上げてはくれないんだけれど…。
ガサゴソ
私は部屋に入った後、久しぶりに便箋を取り出した。
可能であれば君にもう一度会いたい。
直接会って、ありがとう、と。自分は救われたんだよ、と。
直接そう伝えたい。
通知に記載されていた君の帰住地は前と変わりのない住所。
まさかとは思っていたが、おばさんは引っ越しせず、
ずっと同じ場所で一人息子を待ち続けていたのだ。
もしかしたらまたおばさんに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
ストレスを与えてしまうかもしれない……。
でも、私はこの溢れだす思いを止めることはできなかった。
コンココン コンコン
扉がいつもの合図で叩かれる。
「はーい」と明るく応えて、玄関を開け、外にいる男の子を招き入れた。
襟元が伸びきったぶかぶかの服をきているこの男の子は
一番奥の部屋で虐待を受けている子どもである。
「きょうも いい?」
申し訳なさそうな声を出す男の子。
「もちろん。今日はね、カレーやで。温めなおすから座っとき」
男の子はありがとう、と言って椅子に座る。
「おねえちゃん、だれかに おてがみ かくの?」
テーブルの上に置いてある
まだ真っ白な便箋を指さして男の子がそう尋ねてきた。
「私のヒーローにね」
そんな風に和気あいあいと話している時だった。
カツンカツンカツン
誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。
トントントン
?
どうやらその足音は私の部屋を通過して、
奥の部屋へと向かっているようだ。
私はシッと男の子に合図をし、
ゆっくりと音を立てないように玄関の扉をあける。
もしその音の主が男の子の親だったら、
男の子が私の家でご飯を食べていることがバレて、
難癖つけられ、この子がよりひどい暴力を受けるかもしれない…。
男の子の親ではありませんように…
そう願いながらその音の主を見る。
一番奥の部屋の前にはスーツを着た男性がいた。
それだけで男の子の親ではないと分かり、ほっとする。
?
だが男はその扉の前に立っているだけ。
不審者…??
特に何もせず、ただじっと扉を見つめている。
インターホンを探してる…とか?
あそこのボタンはまだ壊れている。知らないのかしら?
もしかしてN〇Kの人だったり?
でもそんな人がこんな地域に来るわけもないよ…ね…??
私が色んな疑問を頭に浮かべていると、
視線を感じたのか男が一瞬だけこちらをチラリと振り返った。
ドキン
鼓動が大きく跳ね、時が止まった気がした。
嘘?嘘でしょう??
男の顔を見て、私の瞳に涙がたまり始める。
ずっとずっと会いたかった。
私がずっと待ち望んでた人。
頭が現実に追いつかない。幻かと思い、頬をつねる。
痛い…。
嘘だ。本物だ。
勢いよく玄関扉を開けた私は、靴も履かず裸足のまま駆けて行った。
驚きと照れくささで、少しはにかんでいる彼の元へと。
- FIN -
更新が止まっていた時期が長く、
また、最終回が当初の予定と大幅に変わってしまい、
申し訳ございません。
(ハッピーエンド?になっちゃった…(T_T))
重ねて、最後までお読みいただき、ありがとうございました。




